女がむっとした顔で押し黙り、他の生徒たちの間にしらっとした空気が流れた。間違ったことは言っていない。考えを受け入れるか否かは、相手の問題だ。ただ、言い方がきつかったかもしれない。久はオブラートに包んだ言い方が、どうしても出来ない。

それで損したことは数え切れないほどあるが直せないし、直す気もない。それでもいつものうじうじ思い返す悪い癖でいい気分がせず、気持ちを引きずりながら授業が終わった後、生徒と乗り合わせるエレベーターを使わず狭い階段をゆっくり下りた。

外は相変わらず若者で溢れている。全く、年寄りにはこの喧噪は疲れるだけだと、場違いな自分にまた気が滅入った。通りから赤い車が道に入って来た。派手な外車で、あまり広い道ではないから周りの人間が隅に避けている。車が久の横に止まり、さっきの女が降りてきた。

「先生、お乗りにならない? 私、鎌倉ですの、お近くでしょ」

と媚びたような言い方をした。電車のほうが気が楽だと言うと、

「あら、私と一緒じゃ嫌なんですか」

と今度は絡むような言い方に変わった。

「ねぇ、先生、新村さんから私のこと、お聞きになってない? このビル、うちのものなんですよ」

女が久を覗き込み、口を歪めるようにして嗤わらった。

ふいにコウを殺した渡辺を思い出した。女があの時の渡辺のように嗤う。ビルがお前のだから、馬主だからどうした。だから誉めろと言うのか。話にならん。お前らは最低だ。権力を振り回し、弱い者を踏みつけ握り潰し、そして殴り、殴り殺し、罪の意識もなく。こいつの亭主もろくなものじゃない。

女が久の肩に親しげに手をかけた。その手を思い切り振り払って返事もせず、駅に向かった。

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