私が7月から働き始めた設計事務所は、チャリング・クロス駅から北に1キロほどのラッセル・スクウェアという公園に面した南側にあった。その公園の西側には大英博物館と口ンドン大学が並んであり、東側にはネオゴシック様式の高そうなホテルがあった(インペリアルホテルといったかな)。

事務所のあるビルは小さいが全部事務所が使っているようで、所員は30、40人いたのだろうか。事務所での初日に建築家のロブソン氏に会ったが、中年の物静かなイギリス人であった。彼にはその後会うことはなかった。

事務、経理を取り仕切っているらしい、皆からルテーナン(中尉)と呼ばれるイギリス紳士がいて、諸事は彼が対応していた。彼は画に描いたようなジェントルマンで、いつも渋い三つ揃えの黒背広のりゅうとした身なりで、出かける時は山高帽子とステッキを忘れなかった。

私などと話す時には、背が高いので私を見下ろすことになり、手を後に組んで反身になって、これぞキングズイングリッシュという調子でしゃべった。笑う時には、声と口元は笑っているのだが、決して目は笑うことがなかった。

私の好きになれるタイプではなかった。下宿のジョージなどと較べて、階層の違いによってこうも風采が違うものかと驚いた。私は勿論ジョージの方に好感が持てた。