第3章 情報認知

16 〈抽象表現〉の効果

能動的な思考を促すことができる

実写映像は情報量が多く、物事の魅力を伝えやすい反面、本来は伝えたくない欠点やアラ、生々しさまで伝えてしまうという欠点ももち合わせています。また、わかりやすすぎる表現は、見る側に考えさせたり想像させたりする余地をなくしてしまうことにもつながります。

抽象表現は表面的な情報を削ぎ落としていくことによって能動的な思考を促し、本質的要素を考えさせる表現方法です。あえて明確な答えを見せるよりも、視聴者の無限の想像力に頼ったほうが伝わる場合もあるのです。こういった特性から、抽象表現は情報コンテンツを伝えることよりも、形のない「精神的なメッセージ」を伝えることに向いています。

人は理解できないものは敬遠する傾向がありますが、同時に理解できないから惹きつけられるという面ももち合わせています。明確な正解がない抽象表現はとても奥深い世界で、なんとなくの感覚で作ったイメージ映像とは完全に一線を画します。なぜこのような作り方をしたのかを明確に言語化できなければ、抽象表現とはいえないでしょう。

メリット

・解釈の意味を広げられる
・想像力をかきたてる
・知的な印象を与える

デメリット

・知識、教養のある人しかわからない
・考えなければならない
・難しい印象を与える

17 引き算思考〈抽象表現〉

引き算の美学は無限の可能性を引き出す

具体表現の基本が「足し算思考」だとすれば、抽象表現の基本は「引き算思考」です。情報を誰かに伝える際にやりがちなのが、すべての情報を漏れなく伝えようとしてしまうことです。

しかし、情報は多く伝えれば伝えるほど焦点がボヤけてしまい、逆に伝わりにくくなってしまうものです。たくさんの情報付加とテクニックを駆使した足し算の表現には必ず限界が訪れます。しかし、シンプルで簡潔な引き算の表現は想像力が味方をしてくれるので、可能性を無限に膨らますことができます。

とはいえ、単純に情報を少なくすればいいわけでもありません。引き算思考は伝えたいことの本質を正確に見極めなければならないため、情報を加える足し算思考よりも圧倒的に難しい思考法だからです。

写真を拡大 [図1] 仕事で大切なことはなんですか?

行間が想像力をかきたてる

映像表現で繊細な感情を揺さぶるには「間」の調整が命です。同じ素材を同じ順番で並べてもカットの間が違うだけで、まったく心に響かないものになってしまうから不思議なものです。

「間」の調整はカットの内容とコンテクストで適切な長さが変わってしまうため、直感的センスが必要です。あまりに間が長すぎるとリズムがわるく飽きを感じさせてしまい、間を詰めすぎてしまうと考える時間がなくなるため視聴者を置いてきぼりにしてしまいます。

人は情報を与えられていない「行間」で思考を整理したり想像を膨らませたりするのです。視聴者の無限の想像力を引き出すために、「考えさせる間」「脳を休ませる間」である「行間」を意図的に作り出すことを意識しなければなりません。

写真を拡大 [図2] 「行間」を意図的に作り出す

完璧を嫌う日本人特有の美意識

日本には古くから不揃いで古いものに対して美しさを見出す「わびさび」という概念があります。なにかを作る際、当然ながら私たちはできるだけ完璧を目指します。

しかし完璧に作られたものが必ずしも人の心を動かすとは限りません。特に日本人は欧米人と違い「不規則性」や「いびつさ」を好むため、未完成なものに対して心を動かされやすい特徴をもっています。

映像表現においても揺れの多いカメラワークや素人っぽい演技など、あえて未熟さを強調する表現が存在します。能、俳句、書道、華道などの日本伝統芸能は、派手さはありませんが深い情緒を感じさせてくれます。日本の美意識を学ぶことは間違いなく映像表現にも奥深さを与えてくれると思っています。