全八点について何やら記載されているそれが客に見せるためのものだとしたら、字が小さすぎて些か不親切というものだろう。
「あっ……」
散々目をこらして確認したそのはがき大に、春彦は思わず声を漏らしていた。ちょっとした国産車が買えそうな金額が、そこに記載されていたからだった。言葉にならない何かをやっとの思いで呑み込んだ春彦だったが、結局、その郁子の要求も呑まざるを得なかった。郁子はこの結婚にあたり、欲しいものがあるから何もしたくないと言っていた。
挙式や新婚旅行を楽しみにしていたのはむしろ春彦の方で、婚約指輪や結婚指輪をつい奮発してしまったのは、その欲求を埋め合わせるためだったのかもしれない。まさか、これほど高額の買い物が後に控えていると、誰が思うだろうか。そのフロアをあとにした郁子は、これ以上ないほど上機嫌だった。それとは対照的に、春彦は先ほどの支払いが少し憂鬱だった。
郁子が箱を抱えていたのでそれを車の後部座席に積み込むと、助手席に座った郁子は眠そうにしていた。この引越しで郁子は大活躍だったのだ。そんな郁子に春彦は気を取り直すと、帰途を急いだ。
二人はマンションタイプの社宅を選び、二週間前から一緒に暮らし始めていた。五畳二間に十畳ほどのリビングで五十平米はあるのだから、二人で暮らすには十分すぎる広さではないだろうか。先ほど車に積み込んだ箱は、それなりの大きさと重さだった。中身が何なのか気になった春彦が小首を傾げて見せても、郁子はすっ呆けるように小さく舌を出してみせただけだった。
五階に上がるエレベーター内はさほど広くもなく、その狭い空間でちょっとしたじゃれ合いをしてみたところで、クスクスと笑うばかりの郁子ははなから答えるつもりもない様子だった。二人の部屋は東西に延びた廊下の隅にある東南の角部屋で、エレベーターからは少し離れていた。歩を進める度にその大きさと重さとで、その箱は中身が何なのかを春彦に主張するようだった。
やっとの思いで部屋に持ち込んでみれば、それは先ほど家具売り場で見かけたあのスツールだった。その時の春彦の驚きが、想像できるだろうか。「もらったの」郁子の素っ気ない言い方が、二の句を告げる隙を春彦に与えてはくれなかった。そんな郁子は座面に付いた青いインクのシミを指先でさすり、少し口を尖らせながら何かを考えているようだった。