野球馬鹿
「じゃけえ、ここで相談するのはまずいと言うたのに」
祐介が小声で顔をしかめた。そしてカウンターの方を気にしながら、一層声を落として、
「ところで幸太、彼女の窓口に行けたとして、次はどうするつもりじゃ?」
と聞いた。剛史もそれが聞きたかったのだろう、顔を寄せた。
「正攻法で攻める。直球勝負じゃ。じゃけど彼女の面前で告白するわけにはいかん。他の者に見られんようこっそりとメモを渡す。あとで見てほしいと言うて」
「どういう内容のメモじゃ?」
剛史が聞いた。
「これじゃ。準備はしてきた」
幸太はポケットからメモを取り出した。それはふたつ折りにした、手の中に隠れるような大きさの白い紙だった。祐介が開くと幸太の名刺が挟まっていて、ふたりはメモの文字を目で追った。
《俺と付き合ってください。もしよかったら名刺の裏の携帯番号に連絡をお願いします。迷惑であればこれを破り捨ててください》
祐介が名刺を裏返すと、番号がボールペンで書かれていた。
「えらいあっさりしとるのう。もっと気持ちを伝えたらどうじゃ?」
剛史が言ったが、祐介はこのメモに賛同した。
「いや、これでええ。スマートじゃ」
「俺は彼女のことをほとんど知らん。年がいくつなんか、下の名前も知らん。指輪をしとらんかったけえ、たぶん独身じゃと思う。じゃけど恋人がおるかもしれん。当たって砕けるしかない。ただ……」
幸太は一瞬考えてから続けた。
「ただ、もしも彼女が俺のことを覚えとらんようじゃったら、メモは渡さずに諦める」
場は暫く沈黙した。それぞれがコーヒーに口を付け皆押し黙った。やがて剛史が口を開いた。
「で、いつやる?」
「十日後じゃ。少し時間をおいて行く。その時彼女が俺のことを覚えとったら、チャンスがあるっちゅうことじゃ」
幸太がふたりの顔を見つめると、祐介がテーブルの上に右手を差し出した。その甲の上に剛史が手を置くと、幸太も更にその上に手を重ね、力強くうなずいた。