第三章

二〇一三年四月。

多少の人事異動はあったが、私と朋子先生は幸い海南台総合病院に残ることができた。彼女には、健太と付き合って数か月くらいの時に二人で朋子先生の自宅にお邪魔して、報告した。

彼女も、ご主人も裕ちゃんも、健太のことを気に入って、祝福してくれた。時々、年上のお姉さんに聞いてほしいこともあって、そんな時はいつも朋子先生の顔が浮かんだ。でも、裕ちゃんもいるし、なるべく自分で解決するようにしていた。

そんなある日。仕事で、どうにもやるせないことがあった。四月から入ってきた医師として三年目の男性医師が、患者さんの気持ちや状況を全く汲み取ろうとしなかった。患者に対する言葉遣いや態度がひどかったので、私は医局で優しく注意した……つもりだった。内心は完全にキレていたのだが。そうしたら、彼はあからさまに“うるせえな、オバサン”という目で睨みつけ、事もあろうに完全無視を決め込んだ。

そして翌日、無断欠勤した。私のせいだろうと思ったので、その場にいた先生たちに聞いてみたが、言い方は悪くなかったし内容も正当なことを言っていたと評価してくれた。

しかし、その頃の流れとして、我々中間管理職は新人よりも大切にされないようだった。

“怒るな、注意するな”というのが基本的な教育方針であり、その日のうちに小児科部長に呼び出され、何故か私が叱られた。

――怒るな、じゃなかったっけ? もはや怒りを通り越して呆れた。週末だし健太に癒してほしいと思ったが、残念。彼は夜勤。マスターのところへしばらくぶりに顔を出すことにした。

実は、健太と付き合い始めて「BAR home」から足が遠のいていた。自分の恋愛事情について聞かれるのが苦手だったし必要性も感じていなかったから、マスターにも健太のことは言っておらず、今までもその類の話はして来なかった。

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