【前回の記事を読む】「ごめんね、もう一度手術をします」医師から告げられた衝撃の言葉
2章 普通になりたい
それから少しずつ体調が回復して、個室から4人部屋に戻る頃、母が一度家に帰った。
「久しぶり」
「元気にしてるか?」
母の代わりで1日だけ付き添い入院に来てくれた父と会うのは、2週間ぶりだ。
「うん、玲人は元気?」
「元気だよ」
5歳を迎えた玲人は、家で父と過ごしている。保育園からおばあちゃんちに帰って、夕飯とお風呂を済ませて、父が仕事の帰りに迎えに行っているのだそうだ。大変な時は協力し合う、という私たちの家族のかたち。
時々病棟の食堂から電話をかけると、玲人はいつも嬉しそうに話してくれる。絶対に、さみしいはずなのに。1日だけの父との入院が終わると、母は何通もの手紙を持って帰ってきた。通っていた保育園の先生たち、隣に住んでいる子とお母さん、同じ心臓の疾患を持っている子とお母さん。一番数の多い玲人からの手紙には、優しい絵がいくつも描いてあった。
ママのいない毎日を頑張っている玲人。お返しに折り紙で汽車や恐竜を作ったら、きっと喜んでくれるだろう。
柚ちゃん、という仲間ができた。4人部屋に戻ってからしばらくたって、母の付き添いがなくなった頃、隣のベッドに来たのが柚ちゃん。0歳の小さい柚ちゃんは、優しそうなお母さんと一緒に入院している。母の面会が来るまでの時間は、柚ちゃんのお母さんが私の話し相手になってくれている。
「またお部屋ひとつにしてるのー?」
「そう、仲良しだから!」
部屋を区切っていたカーテンを開けていると、どこか楽しそうな看護師さんに怒られる。2つベッドのお部屋みたいな病室。朝ご飯が終わると、間を仕切っているカーテンをそっと開けて、お昼の前に閉める。午前中だけの内緒の空間は、柚ちゃんが先に退院していくまで続いた。
「柚ちゃん、柚ちゃんママ、退院おめでとう」
「ありがとう、姫花ちゃんも頑張ってね」
柚ちゃんの退院の日、折り紙でお手紙を作った。入院期間だけの、特別な関係。連絡先も知らなければ、どこに住んでいるのか分からないけれど、いつかどこかでまた会えるかもしれないと思いながら。