ナオミはこの再婚相手が嫌で、社員寮があるという理由だけで就職した。再婚前に紹介されたときでさえ、いやらしい視線をナオミに向けた。
「ジョシコオセイナンダネェ」
紹介の後、ナオミは苛立ちを母親にぶつけた。
「ママわかってないの? アイツの目的にはアタシも入ってるよ、ていうか、アタシなんじゃない? だって」
その後、真実を告げることは母親が哀れで言葉を呑んだ。
「馬鹿ね、なぁに言ってんの。あの人ったらママにメロメロなんだからぁ」
あんな男をウチに入れた。
アタシがお風呂に入ってるとき、クソ男は、擦りガラスの向こう、洗面所で歯を磨いた。こめかみに噴火を感じた。これが、キレル、って感情なんだ。
風呂場の中に護身用武器になるものはないか見回した。
アタシの部屋のふすまを断りもなく開けた。ドアなら家具で鍵代わりになるのに。真夜中にも、音を立てずにふすまを開けようとした。そのとき棚で塞いでいなかったら。
自分の家で一睡もできなくなった。授業で寝るようになった。
ちゃんと勉強して進学するつもりだったのに。進学のための奨学金だって調べてたのに。ホントはギリシャ神話みたいなのを研究できる大学に行きたかったけど、自立しやすそうな看護学校を目指すことにしてたのに。
「気にし過ぎよぉ、ナオミぃ」
男のこととなると声が別人になる。
「あの人はね、細かいとこに気がつかないとこもあるけどさぁ、子どものことがわかんないだけなのよぉ。理解してあげてぇ。仲良くしなきゃぁ」
物心ついた頃から、なぜ、母親が毎月のように激しく怒るのか理解できないでいた。困ったこと、辛いこと、そんなことを話そうものなら悩みは百倍になる。学校の友だちとのことを話せばこき下ろす。
アタシがどんな絶望状態でも、あの母親には自己保存の本能が働く。お金が無くなって塾も新体操も止めさせられた日、パパがついに帰って来なくなった日、どうしても行きたかった高校に落ちた日。どんなときもあの女は飲みに出ていた。
なのに、ことあるごとに「親孝行しなさい!」
産んでやった。育ててやったのに、なんて恩知らず!
子どもを持てば苦労がわかる。