同期会が始まった。貸し切りの個室で五人は掛け声小さく乾杯し、小声ながら陽気にしゃべり出す。「本日のつまみはカマンベールチーズにイカの塩辛、俺の頭みたいに発酵しちゃってまーす」「発酵しすぎでハゲちゃってまーす」などと愉快に盛り上がっていたけれど、酒がほどよく入っていくにつれ、「会社潰れたらどうすっか?」そういう話題が自然出てくる。

けれど飲み会で深刻ぶる我々ではなかった。その代わりに、私たちは夢を語り合ったのだ。これまでまじめに夢を語ることなどしたことがなかった。酒を飲めば会社や妻への愚痴、子供のこと、好きなAV女優のこと、どうでもいい話題のオンパレードだ。

けれど失業が現実味を帯びているからこそ、酒の力も借りて、隠れていた中年の夢がおずおずと顔をのぞかせてきたに違いない。もう若くはない我々にだって、夢を見るくらいの余力は残されているぞ、とでも言わんばかりに。

「この際だから、倒産を利用してさ、これまでやりたくてもやれなかったこと、やってみたいよな?」という高橋の提案から、他の同期たちは一様に色めき立ち、興奮し、そりゃあいいということで意見の一致を見た。

同期入社といっても、全員同じ年齢ではない。けれどアラフォー世代の、認めたくはないが中年もしくは中年予備軍である。仕事や家庭に関し、我慢というものを覚えてしまった連中である。会社倒産という悪夢を、束縛からの解放と錯覚させられた時、これまで押さえつけていたタガが外された体となり、何かがドバドバと湧き出してきた。

「もう会社に縛られるのは嫌だからな、会計士とか社労士とかの資格を取って独立したいよな?」というありがちな意見から始まった。「今時は介護士なんかも引く手あまただぞ?」とさらに現実的な意見が出てきたので、私は口をはさまずにはいられなかった。

「あのさ、直接仕事に関わることじゃなくてさ、もっと夢のあるチャレンジないの? のんきに遊びほうけるとかいうのでもなくってさ、何か人生とか生き方とかが変わるみたいな、イカすチャレンジしてみたくない?」

こう言ったのは、私に思い当たるフシがあったからなのだが、それを発表することにはためらいがあったから、私は言いだしっぺの高橋に振った。

すると高橋は周囲をきょろきょろ見回し、不意に背筋をしゃんと伸ばしたかと思うと、「よーし、話してやるよ」と思い切った口調で語り出す。そのいかつい顔はアルコールで既に赤かったが、照れと興奮のせいか、さらにカーッとなっていた。

「オレはね、一回ラーメンをとことん追求したいんだな。別にラーメン屋になろうってわけじゃないけど、オレさ、ラーメンが好きだから、自分の納得できる一杯を、日本全国素材を探し回ってよ、作ってみたいって、実は前々から考えてたんだ」

彼がラーメン好きなことくらい承知していたが、そういう夢まで持っていたとは知らなかった。ほほーと皆は唸った。ことに皆の感動の琴線に触れたのは、日本全国素材を探し回る、というところだったと思われる。様々な人々と触れ合いながら、日本を巡る旅。そこにあるのはサラリーマン生活にはない自由さ。

しかし無目的な自由は、我々中年世代にはつらい。つらくならないために、理想のラーメン作りという終極の目的がしっかり組み込まれている。確かに、人生観が変わるチャレンジであるという気がする。