「ただいま、沙優」

「は〜い、お帰りなさい」

「先にシャワーを浴びてくる」

「はい、もうすぐ出来ますから」

なんか初めての感覚だ、誰かと食事を共にする日が来るとは夢にも思わなかった。たわいもない話をしながら、沙優と食事をする。沙優との時間はあっという間に過ぎた。なんて楽しいんだ。こんな時間を過ごせる女がいるなんて信じられない。

沙優はキッチンを片付けて、シャワーを浴びに行く。シャワールームから出てくると、「私は毛布にくるまって寝ますね。おやすみなさい」と、自分の部屋に向かおうとした。

「沙優、ベッドで寝ろ」

「でも……」

俺は沙優の手を引き寄せ、抱きかかえた。「しっかり摑まってないと落とすぞ」

「はい」そう言って沙優は俺の首に手を回し、しっかり摑まった。

そのまま寝室へ移動した。ベッドに沙優を下ろした時、唇が急接近した。俺は沙優と見つめ合った。

どれくらいの時間が経っただろうか。俺は我に帰り、沙優から離れた。

「おやすみ、俺は仕事が残っているから、先に寝てくれ」

「あ、は、はい」

俺は沙優を抱きしめたい気持ちが大きくなった。危ねえ、また沙優を抱いてしまうところだった。いくら婚約者の振りを了解して貰っていても、俺をどう思っているか分からないし、男がいるかどうかも分からないのに、自分の気持ちだけで突っ走ってはいけないと自分に言い聞かせた。

深夜二時を回り、俺は寝室へ向かった。沙優はぐっすり眠っている。キングサイズのベッドの真ん中に、沙優は寝ていた。女の寝顔が可愛いと感じたのは初めてだ。

まず俺は、セックスなしで女とベッドを共にしたことがない。沙優と暮らし始めて、初めてのことがほとんどだ。そして新鮮だからこそ楽しい。

沙優を抱きかかえて少し位置をずらす。俺は沙優の側に横になった。すると、いつものことだが沙優は俺の胸元に頬をくっつけて、身体を預けてくる。その体勢がめっちゃ可愛い。頬にキスをする、そして沙優に腕枕して眠る。誰にも渡したくないと強く感じた。

その時、沙優が譫言うわごとで「けいと」と男の名前を言った。俺は一瞬に谷底に突き落とされたような錯覚を起こした。沙優の男の名前か。今まで感じたことのない気持ちが俺を支配した。俺はその場にいることが出来なかった。

そう、初めて嫉妬したのだ。俺には女がいる、そして沙優にも男がいる、そんな二人が婚約者の振りをすることで、生活を共にすることになった。沙優は俺に対して愛はない。

ところが俺はどうだ、沙優に対して初めての気持ちを抱き、可愛いと感じ嫉妬までしてしまった。俺はいたたまれず寝室を出て自分の部屋に戻った。俺はデスクチェアーで仮眠を取った。全く眠れない、沙優の男の名前が脳から離れない。

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