プロローグ
幸太の母は明るく話し好きで、よく近所の人たちと井戸端会議に夢中になっている。食べることが好きで、明らかに中年太りだ。小柄で痩せ気味の父に揶揄されるのだが食欲は衰えない。
それにしても、と幸太は思った。俺の笑い顔はそんなにもにやけておるんか? 作り笑いはいけんってことか。自然じゃな自然に。
銀行に戻ると、先客がひとりソファーに座っていた。幸太は番号札を取って別のソファーに座った。彼女の窓口の前には客がいる。幸太は応対している彼女を注視した。当然だが礼儀正しく丁寧に話している。それを見ている幸太には、彼女の笑顔も声も、柔らかなそよ風のように甘く心地良い感触で伝わってくる。
ほどなくして先客が別の窓口に呼ばれた。この銀行の窓口は三カ所あるが、今日はふたつしか使っていない。よし、次に呼ばれたら彼女の窓口だ。そう思うと自然に鼓動が早くなってきた。その時新しい客が入ってきて幸太の前に座った。中年でやや小太りの女性だった。どことなく幸太の母親に似ている。その後少し時間が経過したが、彼女の窓口はまだ空かない。
「ありがとうございました」
彼女の隣の窓口が空いた。彼女の客はまだ彼女の窓口にいる。
「21番のお客様、お待たせしました」
彼女の隣の窓口からだ。幸太の番号だった。幸太は彼女の窓口でなければならない。咄嗟に前に座っている女性に声をかけた。
「俺は急ぎませんのでお先にどうぞ」
と、番号札を差し出した。母親似の女性は一瞬けげんな表情を浮かべたが、礼を述べて番号札を取り換えてくれた。
「ふう」
幸太は大きく息を吐いて背もたれに身体を沈めた。その直後に
「ありがとうございました」
と言う彼女の声がして、窓口の客が帰っていった。
幸太は身を乗り出したが、えっ? と心の中で呟いた。彼女は立ち上がって、近くのパソコンの前に座って作業を始めたのだ。幸太は焦った。順番を譲った客が終われば、幸太はそちらの窓口に行かねばならない。客は幸太ひとりなので先ほどの手は使えない。幸太は祈るような気持ちで彼女を見つめた。待っている時間が長く感じる。すると彼女が窓口に帰ってきた。
「22番のお客様どうぞ」
幸太を見て微笑んで言った。