小説 『泥の中で咲け[文庫改訂版]』 【第7回】 松谷 美善 母さんが死んで、一人で生きていかなければならなくなった。高校中退後、月6万円での生活。お墓も作れず母さんの骨と一緒に暮らした 一日中、使いっぱしりをして、クタクタになって部屋にたどり着き、買ってあった少しの菓子を貪り食うのもそこそこに、重たい泥のようになって、布団代わりの寝袋に潜り込む。小さい頃から運動習慣のなかった俺には毎日が、筋肉痛が出るほどキツかった。毎朝、四時に目覚ましをかけて、まだ眠くてフラフラしながら起きる。風呂のついている部屋は、最初からはもらえない。申し訳程度についた小さなキッチンの流し台で、頭を洗って…
小説 『「その時、初雪が降った。」』 【第10回】 本城沙衣 「妊娠してた方が、まだよかった」――バイク事故で逝った彼を思い、彼女は見上げていた空を指さした 【前回の記事を読む】「学校で…私が妊娠したとか…噂あるでしょ?」彼女は小さい声で呟いた。事実を知りたい。でも…「え? なに?」「いっちゃったの……あの空の向こう……上……」『いっちゃった』の意味……二つある。空の向こうということは、外国へ行ってしまった?それとも……上……逝った? 聞けなかった。「二カ月前、突然ね……いなくなっちゃった」そう言うと、空に顔を向けたまま、彼女のその大きな目から、一…