第一章 洞穴の燈火
ねえ。と、鼻にかかった森の声が、会話をすぐに遮った。
「ニシさんからも言ってやってくださいよ。エリカがね、この前百貨店で、五万円分の化粧品を買ったらしいのですよ。あのさ。美容部員が言うことなんて聞いちゃいけないんだよ。あいつらは売らなきゃいけない商品に必要性を紐づけするトレーニングを受けているんだぜ」
おまえは本当に馬鹿な女だな。森はエリカの頭をポンッと叩いて、そして堂々と勃起している。
「それはどういうことよ。ユウ、もっと教えてよ」
エリカはしつこく森をペタペタと、好色じみた手で触っている。僕とナツは、顔を見合わせ苦笑した。酷評したのはいいけれど、それは根のないことに気づいたのか、森も続けて苦笑している。
「何かいりますか?」
ナツは紙皿を手に取り僕に尋ねた。自分で。と、僕は手をのばすと、
「今日は久しぶりの連休でね。一日目なので思い切って昼からお酒をって」
そう言うと、柔らかくその手を払い、そのあときゅっと唇を結んだ。ナツが選んだ紙皿のオードブルはバランスがよくとれていて、唐突にも食欲をそそられた。グラスに移した酎ハイを、ナツは美味しそうに口をつけている。
ありがとう。と言うと、そっと掌をこちらに向けた。少しだけあかぎれしている。ナツは華美でないことが似合っていた。暗めの茶色いショートボブもそうだったし、リングピアスも小さなものが馴染んでいた。ナツは魅力的な女だった。