あの空の彼方に
私は自分の頰が小さく震えるのを感じながら、
「私の方こそ、自分のことに感けていて、あとに残る人のことも考えずに、連絡もしないでいて。私は何時も言葉が足りなくて、多くを語るのが好きではないから、勝手に相手は解ってくれるでしょう、と思ってしまうのね。
事故の時だって、玲子さんを嫌だとは思わなかった。優一さんに対しても同じよ。私も同じ気持だったもの。憎むなんて思いもしないことよ。その立場によって違うと思うけれど、玲子さんの目に私が如何に愚かに見えたとしても、私にとって貴女達御家族が、自分以上に大切だと思っているのは解って欲しいの。
確かに私の今は傍から見ると惨めなものかも知れない。でも、だからこそ見えてくるものもあるのよ。今までぼんやりと感じていた、この世の姿が。この世では命を支える為には他の命を奪わなければ、生きられないことが実相よね。人はことあるごとに愛とか言うけれど。それは人間の人間による人間の為の考え方よね。捕食される側にそれを説いてみたら良いのに。
このことがあるから、皆、鈍感にならざるを得ないのよね。他にも、時間やら、病やら、死やら、欲やら。この世の実相がこんな有様だから、仕方なくそんな、こんなで、訳の解らない、この世の解釈をしてしまうのね。
あまりの不条理に、そうではない真の何かがある筈だと思うわ。だってそれは“絶対になくてはならない”から。
私に憎んだものがあるとすれば、それは人ではなく、そういった人にはどうにも出来ないものだと思う。植物も動物も、地上の、海の、空の生きものは全てピュアで、人だけは確かに違うと思う。
けれど、人は其々に素晴らしいものも又持っていることを、教師であったことを通して知っているの。人は間違ったことをしてしまうことがあり、何をしたかを考える必要もあるけれど、でも何故そうしたか、も大事なことだと思うの。
私が、此方を去ったのは余計な気を遣って欲しくはなかったことと、自立したかったからなの。自立しなければ、私自身も辛いし、延いては玲子さん達とも上手くいかなくなる気がして。だから、玲子さん、もういいでしょ?」。