あの空の彼方に
その年末に私はクリニックを辞しました。仕事に張り合いも感じられず、何よりも、村上夫妻との今までの付き合いと違ったものを、何かがあった訳でもないのに、私が勝手に感じ、以前のような関係に戻りたかったから、なのです。
運転免許の再交付を待たずに、父を頼んで、父の勤めていた会社に就職することができました。今までとは違った職の希望の持てないものでしたが、とりあえず、気兼ねのない自分の働きによる給料ということで、少しホッとしました。
以前の仕事に比べて、時間的にも楽な仕事でしたが、透さんのいない村上家に行く用もなく、足が遠のきつつありますが、少し落ち着いたら、玲子さんに会いに行きたいと思っていました。
さしたる変化もない、淡々とした毎日。透さんが合格した頃に買った衣服も大半袖も通さず、以前と同じ薄化粧で、日々過ぎてゆきました。
学生時代の友人もいますが、皆、家庭を持つとやはり、話や時間の合わないことも多く、私の方も特に会いたいとも思わず、父の食事の誘いにも乗らず、忙しかった日々の反動でもあるのか、唯々、事務的に会社勤めをし、家でクラシックを聴くか、本を読む日々を続けているのでした。
欲しいものはなく、自分から積極的に何かをするでもなく、それを退屈だとも思わず、特別に悲しいことも、辛いことも感じず、その日が何となく過ぎてゆきました。
空を見、月を見て過ぎてゆきました。