やがて又春になり、ある日玲子さんから誘いがあり、久し振りに村上家を訪れたのでした。随分と長い間、来なかったような気がしたのですが、玲子さんは以前と変わらない笑顔で待っていてくれました。
互いに居間のソファーに向かい合って座り、玲子さんがコーヒーを勧すすめながら、「あの事故のこともあって、それと建物も大夫古くなってきたから、別荘を売りに出そうと思うの。母が間取りを考えた別荘で、売ってしまうのは、再び母と別れるような気がする位に寂しいのだけれど、透さんの気持を思うと、やっぱり持っていない方が良いと思って。
不動産会社の人に相談したら、『築年数が過たって古い建物だけど、未だしっかりとしているし、この別荘地は管理が良い、と人気のあるところだから、売れますよ』と言うのよ。
貴女とも、両親とも行った、いろいろの想い出のある所で、気に入っていたのだけれど、誰ももう行きたいと思わないでしょ。別荘地は他にも沢山あるわ。
何も好んで辛い所に行くことはないもの。それで、家の中のものもどうするか、決めたいし、家にもお別れがしたいから、行こうと思っているの。
透さんは忙しいでしょうし、何よりも行きたくないでしょうから、手放す話はしてあるけど、誘わなかったの。けれど、もし真弓さんが行きたいのなら、一緒にどうか、と思って」。一呼吸おいて、コーヒーカップを受け皿に置いた玲子さんが、私に顔を上げて、「真弓さん、あの事故の時に、あまりの突然の出来事に、心にもないことを言ってしまったと、後悔しているの。
私は高校時代から──母が亡くなった後の──貴女が何も言わないで、楽しくトレッキングを一緒に行ってくれた、あの時から、歳は同じでも本当の姉妹のような気持でいて、家族のように思ってきたの。それで、ついつい甘えて、あんな理不尽な頼みをしてしまって。何時の間にか、私にとって貴女はそういう人になっていたのね。
自分勝手なのは解っているの。今でも、それについては申し訳ない気持で一杯なの。それは優一さんも同じ気持だと思うのよ。
そして貴女に申し訳ない、という気持が腫れものに触るような嫌なものを、貴女に感じさせてしまったのね。貴女がうちに来なくなってから、私解ったことがあるの。それは人は心でどんなに思っていても、それが例え、貴女のように親しくしている人であったとしても、言葉に表わさなければ、駄目なんだ、ということ。
それともう一つ、あの事故の時に、優一さんと私の言葉の横を通り過ぎていった、貴女の視線の向こうが。それが解った時、私は自分がどんなに愚かであったかを知ったの。
それであっても、今の貴女を思う時、やはり貴女には倖せになって欲しいと願うわ。
でも真弓さんは、私のことを憎んでいるでしょ? いろいろと思うことがあって、今まで連絡するのを躊躇われていたけど、別荘のことも知らせておきたいと思って、思い切って電話したのよ」。