須藤の正面打ちに反応が遅れたことを自覚する余裕があった。避けるなり竹刀で受け止めるなりすればよかった。だが、隙だらけでスローな須藤の動きに誘われて、反射的に打ちに行ってしまった。

彼我(ひが)の速度差を考えれば出遅れた分を差し引いても俺の竹刀が先に当たる。身長差を考えても頭一つ高い俺が「相面(あいめん)」で負けるはずがない。決して分の悪い勝負ではなかったが審判の力量を計算に入れていなかった。

基本に忠実に、正中線を真っ直ぐに打ち込んでくる須藤に対し、万々が一の「切り落とし」を警戒して右面を狙った。

「メーンっ!」

「メンだあああっ!」

どちらが先に当たったか、傍目には同時でも当事者には体感でわかる。打った瞬間、須藤のしかめっ面が見えた。

体を開いていた分、相手に“乗る”ことはできなかったが完全に打ち勝った。主審が赤旗を上げるのも振り向き様に確認した。

「面あり!」

一呼吸遅れた一本の宣告に周囲から大きな歓声が上がった。予定外の出来事で長引いたが騒ぐほどのことでもあるまいに。

八の字眉毛が自信満々で白旗を上げている。さっきの合議で間違ってもいいから自信を持って旗を上げろとでも言われたのだろうが、もう勘弁してくれ。苦笑しながら頭を振ると、主審の頭上に(ひるがえ)る白旗が視界の端をよぎった。

「何っ!」

驚いて振り返った視線の先で髭面が白旗を上げていた。その一瞬で何が起きたかを理解した。副審二人が白旗を上げたため、主審も白旗に変えざるを得なかったのだ。

白旗三本で須藤の面あり。試合結果は一対二で俺の負け。しかし、俺は誰に負けたというのか。

須藤が全身で「すまない」と言っている。試合そのものに集中していなかった自分を恥じながら「お前のせいじゃない」とのメッセージを込めて小さく首を振った。

「勝負あり!」

中学最後の夏はあっけなく終わった。

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