人差し指を突きつけられて唖然とした。普通は一礼して受諾の意志を示すものだが、意外すぎる判定に思わず立ち尽くしてしまった。それが主審の癇に障り、余計に心証を悪くしたのかもしれない。
「早く構えて!」
動揺が収まらないうちに慌てて竹刀を上げると「始め!」の号令で試合を再開されてしまった。構えたというにはほど遠い状態だった。
剣道では著しく礼に反する行為で一本を取り消されたり反則を取られたり、最悪、負けになることもある。対戦相手や審判への暴言、判定への露骨な批判、一本取った際のガッツポーズなど、剣士にあるまじき行為が該当するのだが、どうやらこれに引っかかったらしい。
確かに反則を取られても仕方ない“思い”はあった。しかし、暴言を吐いたり、大きなリアクションで抗議したりといった明確な反則行為はしていない。八の字眉毛と主審をにらんだだけで、それを非礼と受け取るかどうかは審判の主観でしかない。他の審判だったら反則を取らなかったかもしれない微妙な裁定だ。審判によって判定基準が異なっていいのか。目付き一つで一本を取り消せるほど審判は偉いのか。
ほんの少しだが、須藤には失礼な試合をして申し訳なかったという気持ちがある。それが理由なら一本取り消しも甘んじて受け入れよう。だが、審判に対する非礼な言動とは何事だ。そもそも先に誤審という失態を演じたのは審判ではないか。俺は一言の文句も言わずに正々堂々と戦い、完璧な引き小手で二本取り返した。俺は勝ったんだ。
不満を言語化している場合ではなかった。千載一遇のチャンスとばかりに、須藤が正面打ちで仕掛けてきた。打ち返さねば。
今にして思えば、改めて一本取ればそれでよかった。試合時間は一分以上残っていたのだから落ち着いてさえいれば何とでもなった。気持ちが落ち着くまでのらりくらりとかわして延長戦に持ち込んでもよかった。しかし、雑念に囚われていた俺には冷静な状況判断ができなかった。