ココロ売ってます
世の中には二種類の人間がいる。素直な人と素直じゃない人だ。今の私はまぎれもなく、確実に後者である。
また今日も母と喧嘩をした。高校三年生になってから喧嘩の数は格段に増えている。原因は進路のことだ。晩ごはんを食べながら母に、「あんた、そろそろ決まったん? 」と聞かれた。「いや、分からん」と答えた私に母は、
「みきちゃんは医学部志望らしいわよ。病院継ぎたいって話してくれたって杉原さん嬉しそうに今日言ってたわぁ。まぁ、うちの店はもう古いからお母さんで終わりにしてもいいし……」
そこまで話したところで玄関のピンポンが鳴り、母は行ってしまった。私は、「はぁ……」と深いため息をつく。〝お店はお母さんで終わりにしていい〟なんてことは本当は絶対に思ってもいないのに。思っていないからあえてみきの話をするのだ。
私とみきは幼稚園からずっと仲良しで、高校に入ってからも部活まで一緒だ。だからみきが病院を継ぐことにしたことなど、母の耳に入るずいぶん前から知っている。そのことを母も分かっている上であえて話をしてくるのだ。
八十年以上続く和菓子屋「まるや」は県内では有名な老舗で、ばあちゃんは中学を卒業してから、母は高校を卒業してからずっとこの店で働いている。最近は和菓子一本では厳しいらしく、チョコレートやクリームなどの洋も取り入れ、試行錯誤しながらなんとか切り盛りしている。黒い瓦屋根の上にかまえる年季の入った「まるや」の看板は八十年間変わらず道行く人々を迎えていた。
一歩店の中に入ると横一列のショーケースにキチンと澄ました顔で並ぶ色鮮やかな和菓子たち。そして店内に充満しているほんのり甘く、もわっとしたできたてあんこの香り。うちに帰ってくるたびに「まるや」のことが好きだなと思う。そう、私は「まるや」が大好きなのだ。
でも、私には幼いころからの夢があった。画家になりたかった。言葉では言い表せない心の中を、誰にも邪魔されず、何にも縛られず、ありのままに表現できる画家になりたかった。だが、今日もそれを母に言えなかった。毎日母からじわじわ感じる重圧に気づかぬふりをして、素直に「画家になりたい。だから美大に行くね」と伝えることができればどんなに楽だろう。
人に期待されていることが痛いほど分かり、それに応えなきゃと思う私と、心の奥深いところであたため続けた本音がぶつかり合い、結局「分からん」としか言葉にならない。
玄関から戻ってきた母は唐突に、
「あんたはいつもそうやなぁ。いつも決めるのが遅い。ちゃんと自分のこと考えなさいよ」
とため息まじりに困ったように言った。考えている。考えすぎていて決められないのに。美大を諦めてお母さんの期待に応えてあげるか死ぬほど迷っているのに……。お母さんは何も分かっていない!