【前回の記事を読む】「クラス仲間は…」旧友との再会で思い出す舟木一夫のヒット曲
スズラン
♪『花束を君に』(宇多田ヒカル)
台所のドアを開けて外に出ると、キーウィーの棚がある。何年か前に苗木を二本買って植えたものだ。多い年は百個程の実を収穫することができる。冬に葉を全部落とした枝に、ぽつぽつと新芽が出始めるのは五月のこと。同じ頃、棚の下の半日蔭の地面には白い花が咲く。スズランだ。何の手入れもしないが、毎年咲く。
十八歳の時、アメリカに留学した。オレゴン州に住むスウェーデン系アメリカ人の家庭がホームステイ先だった。晩秋のある日、ホスト・マザーに誕生日のプレゼントをしようと近くのドラッグストアに行った。
ベビーシッターのアルバイトで得た二ドルで買えるものを探していた私の目に留まったのは、クリーム状の香水だった。ラッピングもしないで手渡すと、社交辞令の得意な彼女は、「どうして私の好みがわかったの?」と大げさに驚いて、何度もお礼を言った。
芳香にうっとりしてから、私の鼻先に差し出す。初めて知ったスズランの爽やかな甘い香りだった。白い瓶には瑞々しい黄緑の葉に包まれるように釣鐘型の白い花が下を向いて咲いている写真があり、その花を見て私はスズランを選んだのだった。
数年前に九十四歳で永眠するまで、ホスト・マザーは毎年私にクリスマス・カードとプレゼントを送ってくれ、送り主はあなたのアメリカの母となっていた。
ところで、宇多田ヒカルの母親は有名な歌手だった。『花束を君に』は他界した母、藤圭子への鎮魂歌であると、小耳に挟んだ。愛しい人に贈る花束を、かぐわしい花、スズランで作ってはどうだろう。
白一色のブーケに、私を忘れないでという花言葉の青い花、ワスレナグサと、優しい思い出という花言葉のツルニチニチソウを数本ずつ加えたら、歌詞にあるような、涙色の花束が出来上がりそう。『花束を君に』はNHKの連続テレビ小説『とと姉ちゃん』の主題歌だったから、知っている人も多いはず。
社交辞令不要の母と娘を繋ぐこの歌は、研ぎ澄まされた旋律と情感ある歌唱が、聴く人の涙腺を優しく刺激する。カラオケ好きの人には歌ってみることを勧めたい。宇多田ヒカルの他の作品よりは歌い易い曲だと思う。