君と抱く
動物園に入るとすぐおやじさんはベビーカーを開き華ちゃんを乗せた。しっかり背もたれを少し斜めに起こしてあげて、華ちゃんが周りを見やすいようにしてあげていた。
気づくともう十一時半を過ぎていた、それに少し前から華ちゃんがグズっていたので、木陰を見つけて昼食にすることにした。
妹がシートを敷き、弁当の準備。おやじさんは華ちゃんのオムツを替えてくれた。
おれはもちろん華ちゃんのミルクを作った。
おれが華ちゃんにミルクを飲ませている間に二人には弁当を食ってもらった。そしてゲップ出しだけはおやじさんに任せて、おれは慌てて弁当を食った。
慌てて飯を食ったのは、なんとなくおやじさんにばかり頼りっきりになるのが悪いと思ったからだ。
それに華ちゃんをほんの少しの間でも離したくないとも思った。
自分の子でもないのに変な気持ちだとおかしく感じた。
昨日の夜、おやじさんに「あとはお前がやれ」と言われたときは「何て容赦のない親だ」と内心嘆いたが、可愛いすぎる華ちゃんのせいか、情が湧いたのか、おれは少しだけ責任を感じはじめていた。
だがしかし、おれの思いなんて知らない華ちゃんはゲップさせてもらったままおやじさんの腕の中で眠ってしまった。
妹は眠る華ちゃんを見てやっと華ちゃんの可愛さがわかったらしい。
「次のミルクは私があげるわ~♡」
だいぶ萌気味にそう言っていた。
一時間ほどで華ちゃんが目を覚ましたので、やっと園内散策をはじめた。
華ちゃんは多分まだ何を見ても特別喜ぶ訳でもなく、何もわからない赤ちゃんだ。
でも、おれやおやじさんや妹は、華ちゃんと回る動物園がとても楽しかった。華ちゃんと一緒に回っているだけで華ちゃんが泣いたり笑ったりしてくれるだけで何とも言えぬ幸せで癒しにも似た心持ちで、そんな気持ちを感じていた。
聞いてもみなかったけど、二人もたぶん同じような気持ちなんだろうとおれには見てとれた。
久しく見たことのなかった二人の笑顔がそれをもの語っていた。
おれは華ちゃんも同じようにこの感覚を感じられる年頃だったらなぁと思わずにはいられなかった。
おやじさんも妹も今日一日華ちゃんの可愛さにメロメロで上機嫌だった。
「あのさ、私今日から泊まりに行ってあげようか」
帰りの駅で別れるとき、妹は尋常じゃなく寂しがり、おれの家に泊りに来るとだだをこねて騒いだほどだった。
もちろん断った。おやじさんなら大歓迎だが、妹ではおれの苦労がさらに増えそうだったからだ。