あの空の彼方に
その時、透さんが突然、「わっ!」。
ドンと強い衝撃と急ブレーキにより、車はスピンして、ガードレールにぶつかり、擦りながら……止まりました。
透さんが、「ぶつけた。人だと思う」と、ハンドルを握ったままの両手を小刻みに震わせ、前方を凝視したまま固まっています。
優一さんが前方の道路を見ながら、「透、大丈夫か、怪我はないか? 皆もどうだ? とにかく私が降りてみるから透はそこにいなさい」と言います。
玲子さんが透さんを覗き込みながら、「透さん、怪我はない? 落ち着いて、落ち着いて」。
優一さんが車から降りて、倒れている人の様子を見てきて、「人にぶつけたようだ。老人だ、意識がない」と告げると、玲子さんが優一さんに「今の人よね。歩道から飛び出してきたわよね」。
「見てた。急に飛び出して来た」
「あっ、どうしよう、お父さん」
「どうしようと言っても、警察と救急車を呼ばなければならんだろう」
「そんなことをすれば透さんはどうなるの。折角、医大に受かったばかりなのに、もしも亡くなったりしたら、この子はどうなるの、医者になれないかも知れないのよ。こんなことってないわ。やっとこれからという時に」
「私が代りになる訳にもいかん。クリニックはどうなる。お母さん、貴女も免停中だったな」
「ああ、どうしたら良いの、透さんを守らなければ……どうすれば良いの……真弓さん、貴女、とても言い出しにくいのだけれど、代りになってもらう訳にはいかない? 金銭的には勿論、今後のことは、もし弁護士が要るなら、優秀な人を雇って、その後の生活も全て、面倒見させて頂くから、どうか、どうか私達を、いえ、透を助けてもらえません?
貴女しか頼める人がいないの。どうか、どうか助けて下さい。一生のお願い。私達、お互いに辛い時に助け合ってきたじゃないの、真弓さん!」
すぐに優一さんが玲子さんの言葉を遮るように、「そんなことを他人に頼めるかどうか。お前はどうかしている。もしも亡くなったりしたら大変なことだ。いくら親しくても頼めることではない」。