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早く忘れたほうがいい。それが希代美の答だった。

確かに過去に縛られるには淳美はまだ若すぎた。いつまでも振られた男にこだわり続けていては将来が見えてこない。明日に目を向けるべきという希代美の言葉が正しいのだろう。しかし、そのためにはけじめをつけなければいけない。春樹は新しい恋人ができたと言っていたが、このままだと彼女は自分の次の犠牲者になってしまう。それだけは防ぎたかった。

(春樹の恋人に会おう。会って、春樹の本性を教えてあげよう。春樹の犠牲者は自分で最後にしなければいけない)

淳美は春樹を尾行することに決めた。希代美は光彦からの連絡を心待ちにしていた。メールが着信すると、すぐに送信元を確認した。そのときも仕事中にもかかわらずメールの着信音に反応した。

上司の不愉快な表情を無視して、携帯電話の画面に見入った。光彦ではなく、春樹からのものだった。経過報告という件名が表示されていた。希代美は内容を確認するために席を立った。

『久しぶりだね。元気かい。例の件だけど、順調に進んでいるので安心したまえ。実を言うと、僕はあかねと結婚するつもりだ。ご祝儀はいらないから、報酬の準備だけはしておいてくれたまえ』

希代美は呆れながらも、春樹の才能については認めざるを得なかった。あかねのような自信過剰の女をこんなに簡単に陥落させてしまうとは。春樹のことだから、たぶんあかねからお金の匂いを感じとっているのだろう。けれども、これで光彦と自分の間を邪魔する者はいなくなった。

(後は私が幸せをつかむだけ)

いくらオシャレな青山通りといえども、自分たちほどの美男美女のカップルはいない。行き交う人たちが自分たちを振り返るのを誇らしげに睨みつけた。あかねの頭の中にもう光彦はいなかった。春樹は腕に絡みついているあかねについて考えていた。

(あかねには僕と同じ匂いがある。自分の容姿に対する自信、異性を惹きつける魅力、欲しいものは必ず手に入れないと気が済まない貪欲さ。ときには意見の相違や口喧嘩はあるだろうが、あかねとはうまくやっていけそうだ。何といってもあかねには財産がある。結婚すれば二人で楽しい人生を歩めそうだ)

光彦の中で一番身近な異性として、希代美の存在が少しずつ大きくなっていった。淳美ほどの美貌はないが、希代美と一緒にいると自分に正直になれる。しかし、希代美に恋しているのか自信が持てなかった。自分の本心を確かめるため、光彦は希代美を食事に誘うことにした。

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