第五章

施工が始まると、佐々木は前日から近くのカプセルホテルに泊まって、誰よりも早く現場入りした。もちろんホテル代は自費だ。そんなことが高く評価され、佐々木は社長に気に入られた。

そこまでして社長に気に入られようと思わない私は業務以上のことは何もしない。何よりプライベートの時間を仕事に捧げたくなかった。当初は同じデザイナーとして働く同期の佐々木と親しくしたかったが、仕事への向き合い方が違ったため結果的にそんな私たちは仲良くなれないでいた。

たまには仕事の悩みや溜まった鬱憤を聞いてくれる同期がほしいと思ったことはあるが、信者のように社長に取り入る姿を見るとどこか心を開けない。

私は誰かに心配されるわけでもなく、頼れる上司も同期もいなかったので辛いことはすべて一人で解決した。栄美華に相談しようかと思う瞬間は何度もあったが、栄美華の負担になると思い連絡するのを思い留まる。みんな同じ悩みを持っているはずだと言い聞かせ、解決してから後日談として話すことに決めていた。

卒業ぶりに栄美華に会って、互いの近況報告だったり、上司の愚痴を話したり私たちはストレスを発散させた。悩みを共感してくれる友人の存在に助けられる。

気を持ち直して仕事に向かうと、現実はそう甘くなく美和子の態度は酷くなる一方だった。栄美華との電話で一時的にストレスは発散されたものの、美和子と顔を合わせる度に息苦しくなる。連日続いた現場入りで体調を崩していた私は、会社を休むわけにもいかず出社していた。

パソコンの光は眩しく、頭痛は一層刺激され目眩を起こし、デスクに肘を着いて少しの間目を瞑って一呼吸置いていると、美和子が背後に近寄って来た。

「脳死してんの?」

周囲に聞こえるほどの声量だった。振り返ると馬鹿にしたような、見下したような目で私を見据える美和子が立っていた。辺りを見渡すと何も聞こえていないかのように仕事を続ける同僚たち。まるで自分が空気のように感じた。

美和子が立ち去った後、佐々木と目があったが逸らされる。私は尋常ではないお腹の痛みに耐えきれず、体調不良を訴え早退することにした。

スポーツ飲料水を買って家に帰ると、熱は三十八度を超えていた。自分は会社に必要とされているのか、ちゃんと貢献できているのか分からない。そもそもここに入社したのは新入社員でもデザインに携われると思っていたからで、実際は指定された通りに図面を描いたり、資料作成したりとデザインには関わることはできなかった。佐々木は案件を一人で任されているというのに……。

精神的に苦しくなったが、認めるとすべて投げ出したくなりそうだった私は熱のせいにした。