あの空の彼方に
此所から先は、平坦に近い起伏地が山の上一杯に広がっています。手付かずの自然がそのままに残されており、山の端には、落葉樹、常緑樹の混ざった森がぐるりと廻っています。
舗装された道路から、その自然の中に入るには、獣道のような細く少し湿った道を、高く茂った草や木の枝などを搔き分けて進まなければなりません。
各別荘からは、バスか歩かなければならず、更に奥への道が続く訳ですから、概ね、その地を訪れる人は多くはないのです。低い場所に別荘があるような人は、此所を知らない人もいるようで、此所は、知る人ぞ知るの場所なのです。
その道を搔き分けて進むと、下草のある、開けた場所に辿り着きます。
土地は六千坪程あり、ほぼ中央付近に烏貝などが生息する、五百坪弱の沼があります。沼を囲むように、森まで、草木と空しか見えない、自然の風景が広がります。
下草は主に茅で、茅に混じって低木の木瓜の木が多く、木瓜は春は橙色の花を咲かせ、夏には芳しい黄色い小さな実を付けます。茅の広がる中に、無秩序に、櫟、榛、山桜、山栗、山躑躅、蔓梅擬、空木、などなどが自生しています。樹々はそれぞれ、其の季節ごとに美しい花を咲かせ、夏には三ツ葉木通の口を開けて紫の、秋には、烏瓜の赤い実が樹々に絡まります。
沼から離れた場所には、山百合、女郎花、吾亦紅、宝鐸草、猪独活、下草に巻き付くように蔓竜胆、などなどが季節ごとに花を咲かせます。
しかしながら、此所を訪れる人の目的の多くは、蕨なのです。
蕨は春の彼岸過ぎが旬といわれますが、秋の彼岸までは採れ、その頃の方が立派なものが多いのです。此所は、その旬の人の多く来る頃を除くと、三十リットルのビニール袋一杯にも採れる程の、蕨の宝庫なのです。
量が採れることも良いのですが、山菜採りは何といっても、探し出して採ることが面白く、何人かで一緒に行って、探し回っているうちに、てんでんばらばらになり、姿が見えなくなって、互いに大声で呼び合って居場所が解る按配です。
蕨は灰汁があるので、一度煮立たせたお湯に重曹を入れ、量に応じて何分か浸け置き、水洗いをしておくと、後はどのようにでも料理出来るのです。沼に近い所では芹も採れます。芹は毒芹というものがあるので注意が必要です。