候補者たち
越智が「はい」と手を挙げた。「ボク、この中にもうひとり有名人いるの知ってる」
俺は越智に目を合わせたが、越智は優哉をちらりと見た。
「ししょー。剣道がとーっても強くて、教えるのも上手だから、師匠って呼ばれてるんだよね」
数秒前に、前生徒会書記の俺のことかな、と思ったなんて心で反復するのも恥ずかしい。さっきから、嫌な汗しかかかない。外の雨に打たれて、流したい。優哉は首を横に振り、目を細めた。
「そんな、とってもってほどじゃ……」
「師匠いうんか。かっこええなぁ。穏やかそうな顔しとんのに」
土居が優哉をつま先から頭のてっぺんまで眺める。
優哉のよさは分かるやつに分かればいい。普段の優しい姿と剣道部での鋭い眼差しの差がいいんだよ。と、声に出せない俺はやっぱりシャイなのだろうか。
「知らんで悪かったな。わし、春に転校してきて、他のクラスのやつらよう分からんのや」
土居は気安く優哉の肩を叩いた。見かけない顔だと思ったら転校生だったようだ。というか、二年D組は転校生を生徒会選挙に出したのか。越智といい、土居といい、ふざけたクラスだ。優哉はへらへらした越智にも土居にも寛容に笑う。
「あだ名がひとり歩きしているだけ。実際、なんで師匠なのか知らない人の方が多いよ」
越智が俺の顔をじっと見た。
「ね、あおちゃんも運動部でしょ。ボク、当てるね」
あおちゃんってなんだよ。
「サッカー部……ではない」
越智、イケてないって言いたいのか。
「バレーやバスケともちゃうやろ」
土居、それは俺がチビだってことか? 岩崎が手を挙げた。
「ぼく、当てます。野球部じゃないですか」
「そうだけど」
「やった」
岩崎がガッツポーズをする。
「礼儀正しい雰囲気が、野球部って感じです〜」
「へぇ、野球部って坊主じゃないんだー」
越智が俺の短く揃えた襟足を見た。
今日の選挙のために切ったばかりだ。どうだ、清潔感があるだろう。
「うちの野球部は、坊主って決まりはなくて」
って、どうして俺はこの馴れ合いに乗っかっている!? 違う、俺の考えていた生徒会と、全然違う! 生徒会ってのは選ばれた存在。当選は信頼の証。そうじゃないのか?
土居が俺から野間へ、見上げるように視線を移す。
「あんたはバスケかバレーやな」
だから、それは俺が小さいってことになるだろ!
「バレーっす」
「で、あんた誰やっけ」
「けんちゃん、覚えて! ともちゃん。野間灯之くん」
野間は越智の言葉に、あごだけの会釈をした。まずこの生徒会で正すべきは、こいつ、野間だ。だるそうな態度も、乱れた服装も、足が長いのも腹が立つ!