【前回の記事を読む】数多く存在する人間の感覚情報…驚きの処理方法を詳しく解説!
感覚と知覚
ところで、私たちが気づくのは、ある個人であったり赤いリンゴといった食べ物であったりと、特定の事物や概念であろう。しかし、ある個人のみに応答するような神経細胞は見つかっていないので、複数(かなり多数)の神経細胞の組み合わされた活動が特定の概念をコード(符号化した情報表現)化していると考えられている(図表1)。
なお、神経細胞の情報のコーディングについては、反応選択性がそれほど強くない多数の神経細胞でコード化されているとする分散コーディング説と、選択性の強い比較的少数の神経細胞によってコード化されているとするスパースコーディング説が考えられている(参考文献1)。
しかしながら、両者の違いは程度の問題のように思われるし、コーディング様式は脳部位によって異なっている可能性が高い。視覚を含む感覚入力は上述してきたような神経回路で情報処理されるが、その過程のどこかで知覚される事物・概念が選択されていると考えられ、それがどこなのかが探求されている。
また、各感覚情報処理系とは異なる脳部位が知覚対象を選別している可能性もある。以下の節で感覚と知覚の違いがどのようにして生じるかという点に関する視覚系での研究成果を紹介する。
※感覚受容細胞やそれに近い低次の神経細胞は、視覚系であれば特定の位置の明暗などの要素的な情報に応答する。より高次の感覚処理系の神経細胞は、図形の形状などよりまとまった概念的な事物に応答する。複数の入力がある場合(視覚系ならば複数の物が見える場合)、各々に対応する神経細胞が同時に応答する。
しかし、そうした感覚情報のすべてに気づいているわけではなく、知覚されるのはその一部にすぎず、知覚にかかわる神経細胞集団の活動が存在する。知覚された情報は、思考や行動選択など、さらなる情報処理に使用される。ある事物・概念に応答する高次層の神経細胞は多数であり、また各神経細胞は複数の事物や概念に応答する。
さらに、特定の概念が知覚されているときには、その概念と両立し得ない知覚は抑制される。こうした情報処理がどのように神経回路で行われているか、また数多くの感覚情報から一部の知覚情報がどのように選択されるかは、今後解明すべき問題である。さらに、感覚情報処理経路は一方通行ではなく、逆方向の情報の流れもある。
参考文献1:Questioning the role of sparse coding in the brain. Spanne A, Jörntell H. 2015, Trends in Neurosciences 38,
417-427.