第一章「着信」

彼女に連絡しようと胸ポケットの携帯電話を取り出すと、知らない電話番号からの『着信三件』の表示。

(……誰だろう?)

連絡を取り合うような人は登録してあるんだけどな、なんて思いながらディスプレイに表示された番号を検索しようとしたところで、同じ番号から再び電話がかかってきた。

発信者は、思いもよらない人物だった。

「突然のご連絡ですみませんが、雪野雫さんのお知り合いの方でしょうか? 都央警察署の福沢と申します」

「……え? はい、黒田……と申します。雪野雫は……僕の婚約者です」

警察署、という言葉を耳にしただけで胸のあたりがざわざわとして嫌な予感がする。いったい雫に何が……。ほんの一瞬の間だが、ぐるぐると思考を巡らせてみるが心当たりは何もない。

「……先ほど、雪野雫さんがお亡くなりになりました」

「…………えっ?」

「お話を伺いたいので、現在雪野さんが安置されている都央病院に今から来ていただけますか?」

(雫が? 死んだ?)

来てくださいという言葉に対して僕は「はい」と返事ができただろうか。理解が全く追いつかない。なんとか聞き取れた都央病院という言葉を頼りに、通りすぎようとしていたタクシーを停めて乗り込む。僕の様子にドライバーも何かを察したのだろう。目的地を告げたあとは一言も会話のないまま、オフィスの電気もまばらになった暗い道を進んでいく。

ここから病院まではほんの十五分くらいだったと思うけど、その時間がとてつもなく長く感じる。目的地に近づくにつれて鼓動が早く、大きくなるのだけはわかった。料金を支払ったかどうかも覚えていないほど動揺して頭の中がぐしゃぐしゃになっている。おぼつかない足で受付に向かい、気がつくと二人の警察官に案内されて、彼女がいる部屋の前に連れていかれていた。

「雪野雫さんご本人かどうか、確認をお願いできますか」

「…………は、い」

どくん、どくん、と心臓が脈打つ音だけが響く。地面に張り付けられたかのように、足がびくとも動かない。指先の震えがいつしか腕、肩、両足へと広がっていき、自分の意志で立っているのかさえもわからない。病院特有のツンとした嫌な薬品のにおい。無機質で冷たい灰色の壁と目の前に置かれたストレッチャー。重くのしかかる沈んだ空気。

「……向こうで待っていますので」