でも、今朝はイラクを出国するのでイラクの通貨はすでに使ってしまって、お茶一杯を飲むお金さえ持っていない。先ほど、残った最後の金でばら売りのタバコを二本買ってしまった(所得が低い中近東諸国では、タバコは箱でも売っているが、一本ずつのバラ売りもしている)。

それで、思わず暖かそうなお茶を沸かしている湯気を見ていると、その茶屋でお茶を飲んでいるおじさんが、何故お茶を飲まないんだと言うので、イラクのお金を持っていないのだと返事すると、一杯おごってくれた。値段こそ十円ぐらいの小さなカップのお茶だが、熱く、甘く、とてもおいしかった。

ひょっとすると、おごってくれたおじさんの全財産よりも、今自分が身に付けている米ドルのお金のほうが多いのではないだろうかと思いながら、薄暗く、寒い朝の中で、おごってもらった熱いお茶を両手に抱えて飲む。

バスラからイランに入国するには二つのルートがある。一つはバスラの川向こうのタンヌマに渡って、そこから川沿いにイランのアバダンに行く方法。もう一つはバスラから川沿いにシバーまで南下し、そこから川の対岸のアバダンに渡る方法である。

まず、手始めに第一のルートを試してみる。チグリスとユーフラテスが合流した川を無料のフェリーでタンヌマに渡ってみる。フェリーが着いたところにタクシーが待っていて、イラン国境まで二千フィールス(約二千三百円)とのこと。とんでもない金額なので、バスラに引き返す。

今度はシバー行きのバスを探す。バス便はあるが、シバーからアバダンへは入国手続きができないとのこと。結局タンヌマからタクシーを利用するしか方法がないことがわかり、銀行に行ってタクシー代のためにイラクの通貨に両替する。再び川を渡ってタンヌマへ。警官だという人が、親切にもタクシー乗場までついてきてくれる。

改めて値段を交渉すると、先ほどの二人で二千フィールスが千五百フィールスになった。これも一緒についてきてくれた警官という人のお陰か。国境までは三十分ほどかかったが、途中の道は泥道が乾いてできたガタガタ道で、あまりの振動で話をすると歯で舌をかみそうなくらいだ。

道の両側には棕櫚が生い茂り、ところどころその林の泥の中に棕櫚の葉で作った家が点在している。そして、やせて骨のつき出た牛が、枯れて泥とほこりだらけの草を食べている。国境での出国手続きは簡単に終わり、タクシーはイラン側の国境まで連れて行ってくれる。