記号化する貨幣
給料が銀行振り込みになる前の時代、お父さんには威厳がありました。
給料日には封筒に入った給料を持って帰ってきました。お父さん自身も、お金が入っている給料袋を見て、俺が頑張って稼いだお金だ、と感慨に耽りました。お母さんも子供たちも、お父さんが一家の大黒柱だ、と尊敬しました。お金を稼ぐということの大変さやお金の大切さを、子供たちは学ぶことができました。
現代では、給料日になれば自分の銀行口座に振り込まれます。子供たちのために、と日夜頑張るお父さんやお母さんの威厳は薄まり、「旦那元気で留守がいい」というフレーズまで耳にすることがあります。
買い物のときも、現金払いであれば硬貨や紙幣を触ることで、その多寡を実感することができます。
が、現代ではクレジットカードなどを使って買い物をすることができます。
自動販売機の前で小銭が足りないことに気づき、紙幣を崩すのをためらって、ジュースを飲むことを我慢する……。なんてことも、キャッシュレス決済のおかげでなくなってきたのではないでしょうか。
交換の手段として生まれたお金は、価値の基準となることで人と人との関係を希薄にし、人に自由という恩恵を授けました。そのお金が目的に即して、ただの記号となることで、お金自体も人のしがらみからの自由を獲得したように見えます。
お金が記号化することは、人がお金を使うことへのハードルを下げ、躊躇する暇を減らしました。そうすることでお金は、経済の潤滑油としての純度を上げたように思います。
皆さんはお金を使っているつもりでいますが、もしかしてお金に使われていませんか?
前章で為替の話を出しましたが、少し補足しておきます。ある国や地域で商取引の媒介として硬貨が生まれた際に、その国や地域の中では金属の価値が同じであることが前提条件としてあります。この金属の価値は国や地域によって異なります。
銀をいっぱい保有している国や地域にとっては銀の価値はそれほど高くありません。そこで、国や地域の間で交換レートを決めます。これがすなわち為替レートです。