紘一にとって、今がチャンスだと思った。それに設備投資資金の方は、公共施設の汚水槽の汚泥収集運搬の業績アップの実績から、各取引銀行や地元信用金庫から融資の申し入れがあるほどで、困ることはなかった。
紘一は末吉からの申し出を快く承諾し、峰子のことをフミには知られないようにすることを約束した。末吉は紘一との話がまとまると、安田正一にもすぐ連絡し、峰子と自分のことを周りに、特にフミには知られないように配慮することを条件に、店舗の購入を申し入れた。
こうして末吉は、峰子のために一千万で住居付きの店舗を買った。そして、公証人役場に行き、自分が死んだら今回購入した土地建物を峰子に遺贈する旨の公正証書遺言を作成し、峰子にその遺言公正証書を渡した。
なお、公正証書の原本は、公証役場に遺言者が亡くなるまで保管される。末吉はすぐに知り合いの業者を呼んで店舗の内装工事をさせた。必要な食器や家具などは、二人で都内の合羽橋などに出かけて、一緒に選んできた。
当然、店舗の二階の住まいで、二人で使う食器や小物などもである。店が持てることが決まった峰子は、末吉と二人で都内に出かけることなどほとんどなかったこともあって、とにかく楽しそうだった。末吉は、そんな峰子を見て、今回の決断をして本当に良かったと思った。
店には少し値は張ったが、オレンジをマスコットキャラクターにしたイラストに、「スナック オレンジ」と書かれたオリジナルの電飾看板も掲げた。夜になると、明かりの少ない線路沿いの道に、そのかわいらしい看板の光が、いっそう映えた。
こうして、スナック「オレンジ」はオープンしたのだった。末吉と峰子のことは、絶対に秘密にされるはずだった。しかし、そのうち、夜となく昼間となく、末吉が「オレンジ」に出入りするようになると、二人の関係は誰もが知るところとなり、時を待たずして妻フミの耳にも自然と入ってきた。
家族をはじめ周りは心配したが、それまでとなんら変わることなく、二人は不思議なくらい、お互いに自然な感じで過ごしていた。末吉が経営から退いたことで、経理を担当していた金庫番のフミも仕事から退き、会社の金の流れは分からなくなっていた。
もちろん会社の余剰金を退職金にしてスナックを購入したことも。しかし、今も末吉専用の黒い鉄の金庫の中には、相変わらず札束が減ることなく積まれている。