そして、時は流れていった。
僕は、お気に入りのBARにいる。夜の闇の向こうで静かに流れる潮騒の音を聞きながら、回想を続けていた。
人は、こうあるべきだという規範を聞かされ続けてきた。模範的な人物であれ、とも言われてきた。人々のお手本になるような行動を取れとも言われてきた。
でも、僕は、間違いなく、そういう人間に育っていない。
頭は良かった。勉強のことだが、テストの点数は良かった。出題者の心理を模索しては、喜ばれそうなことを書いたので点数は、良かった。学校の先生は点数が良い僕を褒めてくれた。でも、ただそれだけだった。それ以外のことで、先生から褒められたことはなかった。
──一条寺君を見習いなさい。
と言われたことはなかった。
誰もが僕をただの点取り虫にすぎないと思っていただろう。
テストでいい点を取る、ただそれだけに集中していた僕は、模範的な人間だったのだろうか。誰もが目標とする小学生だったのだろうか。
小学校二年生のときに書いた、未来への手紙には、僕はいったい何を書いたのだろうか。
点取り虫にすぎない僕は、周りから浮いていた。
中学校でも、高校でも、大学でも、僕は勉強が良くできた。
でも、人格的にはどうだったのか、それは疑問だ。
小学校のときには、友だちはいただろうか?
中学校のときの友人はどうだろうか? 部活の仲間はいたが、友人と呼べるほどの付き合いはあっただろうか?
高校では間違いなく、友人はいなかったと思う。
大学時代の友人は、数人しかいない。
コミュニケーションを取る、ということに、僕は関心がなかった。
学生の本分は、「勉強をすることだ」と自分に言い聞かせて、それ以外に関心はなかったのだから、親しい友人などできるはずはなかった。
いつしか僕は、誰かのお手本になるような生き方はできそうにもないと諦めていた。
ただ、そのときにやるべきことだけに集中していた。やるべきことをやらずにいる者たちに接する態度はすげないものだったのだろう。