【前回の記事を読む】人に尊敬されるには?「知識や技術を学べばいいのではなく…」
思いやりのない人
孔子の一行は旅を続けていると、深くて広い川につきあたりました。泳いで渡れるような川ではないので、船で川を渡る船着場を探していました。船着場を探して迷っていると、畑を耕している二人の人を見つけました。
そこは村から遠く外れたところなので、見るからに怪しい感じがしました。その二人は、村から離れ、世間や社会とのかかわりを持たず、人と交際もせずに、隠れて暮らしている世捨人でした。
弟子の子路が、道を聞こうと近づいて行きました。子路は、弟子の中では、性格が荒っぽくて、少しおっちょこちょいなところがありましたが、その反面、勇気があり、真っ直ぐな性格でした。なにやら怪しげな雰囲気を感じたものの、道を聞くだけだと思い、勇気を出して近づいて行って、一人の方に、船着場がどこにあるか教えて欲しいと聞きました。
すると、その怪しげな世捨人は、船着場の場所は答えずに、とても無愛想な態度で
「あそこで、あの馬に乗っている人は誰だ」
と逆に孔子を指差して聞き返してきました。思いやりのある人なら、道を聞かれたら答えるものですが、この世捨人には、そのような思いやりはありませんでした。
子路はあきれつつも、
「私の師匠で、孔子という人です」
と答えました。すると、「ああ、あの高名な先生か」と横柄な態度でつぶやきました。そして
「孔子なら、さぞや道理をわきまえていて、博識に違いない。人生の隅から隅まで、人の道をおわかりになっているのだろうから、船着場くらい、どこにあるか、聞かなくたってわかるだろうに」
と皮肉っぽく言い放ちました。
その礼儀のない言い方かたに子路はあきれて、もう一人の方に、船着場はどこかと丁重に聞きました。すると、もう一人の方も、「あんたは誰なんだい」と、こちらも同じように無愛想な態度で聞き返してきました。
「孔子の弟子の子路です」と答えると、
「ああそうか、ならあんたにもわかるだろう。川はどんどん流れているのだよ、だから、どうせ渡れやしないのだよ。世の中みんな川の流れと同じで、流れは止められないのだよ。いくら高名でも、博識でも、世の中を変えられやしないってことだよ。あんたも孔子なんかについて勉強などしたって、時間の無駄だよ。徒労に終わるだけで、何の意味もないよ。俺たちと同じように、世捨人になった方が、まだましだよ」
と言い放って、子路の顔を見ようともせずに、もくもくと畑を耕し続けました。子路は怒ってその場を離れ、孔子のもとに戻って、世捨人の態度の悪さを報告しました。孔子はため息をついて言いました。
「思いやりの心というものが、まったくないな。けだもののような連中と、人生の貴重な時間をつぶすわけにはいかない。私は思いやりと良識のある君たちと、こうして一緒に生活し、旅ができて本当にうれしい。世界中で、思いやりの心が実践されているなら、こうしてみなで旅をする必要などない。見ての通り、世の中には思いやりのない人がいる。だからこそ私たちの旅には意味があるのだ」