その時「みんなお疲れ様、ちょっと集まってくれ!」と大声が聞こえた。特殊犯係の管理官・中山の集合指示だ。視察中の捜査一課長の訓練終了後の講評が始まった。一課長・花田芳樹は54歳、捜査経験はほとんどない。これまでの経歴は大半が警務筋であるが、部下からは慕われ高評価の課長である。一見飄々とした印象で、中肉中背の花田は特徴がない。
しかし、その頭の切れと決断力の早さは、歴代ベテラン揃いの課長の中でも抜きん出ていた。捜査部門のトップには、捜査経験が必要条件ではないことを証明している男だ。酒が根っから好きで、飲むと長いのがたまにキズとの噂はあるが。花田の素晴らしいところは、自分が未知の領域の話を真摯に聞き、知らぬことは知らないと言えるところである。部下が持ち込む決裁を自分の勉強になると言い切るトップは珍しい。
「皆さん本日は大変お疲れ様でした。今日の訓練を見て感じたことをちょっと申し上げます……」
花田が隊員に話し掛けた時、胸元で携帯電話が鳴った。
「ちょっと失礼……」
席を外した花田の顔が若干強張った。
「はい。う~ん、でしょうね。鑑識は? じゃあ、一番待機は? 分かりました、よろしく」
「皆さんお疲れ様。私のくだらない話をする暇がなくなりました。福岡署管内でどうも殺しみたいです。特殊は早急に撤収して、本部で待機しとってください」
こういう場合、質問はタブーである。全員が黙々と撤収作業に入った。