心の中の小悪魔との戦い

地球を出発するとき、6人の主人の細胞は1人200回の再生ができるように、小さなカプセルに入れられた。100年に一度10年間だけ生物として再生するように遺伝子操作されている。わずか10年の寿命ではあるが繫ぎ合わせれば2千年の寿命となる。亡くなる間際にはこの10年の間の記憶や経験はマザーの中に取り込まれ次の再生に引き継がれる。

この再生の目的はただ一つ、ウラシマを数千年に亘って補修し人間にしかできない作業を行なうためである。6人の主人は、生身の身体がないときでも乙姫によってマザーの中で眠りについたまま生き続けている。定期的に乙姫とともにコンピューターの中で自由に話し合ったり、宇宙を覗き込んだり、研究したりして過ごしているが、何分にも数千年数万年単位の時間であるので、ただ思考するだけの時間では気が狂ってしまいそうになる。そこで大部分の時間はデータが保管されているマザーの中で眠りについているのが通常である。

6人の再生は、人工胎盤の中で成人になるまでおよそ1年間をかけて成長し、成人として生まれる。これは、人間以外の動物が生まれてすぐに歩き出し、活動できる状況で生まれてくるのと同じ原理である。人工胎盤の中で成長する頭脳にはマザーの中に蓄積されている6人のデータを複写し、前回亡くなったときと全く同じ人間として再生するのである。これは古くなったコンピューターを新しく買い換えて、中のデータをそっくり移し換えるのと同じである。

ウラシマの限られた居住空間の中は、バーチャルシステムにより地球にいたときと同じ光景が再現できるようになってはいるが、しょせんバーチャルの世界、生身の人間が暮らすにはいろいろな限界がある。6人の主人は人類が経験したことの無いストレスを経験することになった。精神と肉体の分離である。

乙姫の中の冷静な自分と、肉体を持ち日々活動している自分、バーチャルの中の自分と今ここに2本の足で立っている自分、考えると気が狂いそうになる。6人の主人たちは、肉体を持った自分と思うようにできない自分の中で一日が終わると酒を飲むようになった。

宇宙船の中にはアルコールは医療用以外には搭載されていない。しかし、果物はバイオ技術でいくらでも製造できる。この果物を発酵させて果樹酒を造るぐらいのことは彼らにとってはたやすいことである。最初はちょっと遠慮がちに嗜好程度であったが、日々のストレスから逃れるためにその量と濃度は日々濃くなっていく。

バーチャルで再現した飲み屋のカウンターに座り込み、日々飲み会が始まった。目標や守るものがない人間は弱いものである。周りにあるものはすべてバーチャルの世界、乙姫がカウンター越しのママに成りすまして主人たちを先導するが、もともと乙姫を作り上げたメンバーたちである。子供が親を説得するようなものであるから、主人たちに効き目がある訳がない。

乙姫の中の主人は酔っぱらうことがない、生身の身体に再生された主人は、毎日飲んでは酔っぱらう。再生人間は10年の期限付き生命であるので麻薬のように快楽を求める。6人の主人たちはその飲み屋の中でカラオケを歌い楽しみ、バーチャルな世界でネオン街を作り出し、今日は焼き鳥屋にしよう、次は高級クラブにしようとはしごを続ける日々となった。そして、いつの間にやらアルコール依存症いわゆるアルチュウになってしまった。