【前回の記事を読む】「ここに居るからには、ここの人間になって貰わんと」家出先での新たな生活が始まる

お嬢様と言われれば、その通りだと思う。父親は、レストランやホテルを経営する会社の三代目だ。そして母親は新鋭の創作華道家。父親は母親のマネージャーと経理を担当するようになって、本業の殆どを共同で経営している弟に任せている。

私は子どもの頃から、神崎家の跡取りと決められていたようだ。家元制度とか名取りとか、そんなところには所属していないが、母親は自分が苦心の末に編み出した流派を守るために、何としても私に跡を継がせたいと思っているようだ。父親の意向は分からないが、多分そう思っているのだろう。

二歳違いの妹がいるが、両親はその妹にどんな期待もしていない、ように見える。母親は口癖のように、あの子は引っ込み思案やから、と言う。妹は母親の言う通り気持ちは優しいけれど内気で、滅多に人前に顔を出さない。妹はその容姿をよほど気にしているのだろう。何度か鏡の前でため息をつく姿を見かけた。

「朱里と映えい美みは、ほんまの姉妹と思えないよね。どっちかの連れ子、なんてことないの」

家に遊びに来た同級生は、ちらっと妹を見ただけでそう言った。お嬢様学校特有の、相手の気持ちを考えないで思ったことを口に出す、まんまその通りだ。私だって子どもの頃は、顔形だけじゃなく性格も動作も違う妹を姉妹だとは思えなかった。でも私が高二で妹が中三のとき、私たちは間違いなく姉妹なんだと実感する出来事があった。

「明日は大事なお客様がたくさん来られるから、分かってるでしょうけど粗相のないように、しっかりやってね」

母親は来客があるたびに、私にホステス役をやらせた。

「私、明日は友達と約束があるんやけど。別に私がおらへんでも、ええんやない」

その約束は、もう半年も前から決まっていた。予約開始と同時にチケットが売り切れてしまう人気ユニットのコンサートで、ファンクラブに入っていても簡単には手に入らない。チケットが取れたときは、友達と抱き合い飛び上がって喜んだ。

「何、言ってるの。朱里は後継者なんだから、きちんと自覚しなさい。それと、何度も言ってるけど標準語を使いなさい」

母親は勝手に後継者と決めてるけど、私は花の首をちょんちょんと切る仕事なんか一切したくない。心の中で毒突きながらも、言い返せない。どうしよ、どうしよ。何とか方法はないものかと思い巡らせたが、考え付かない。夕食が済んで、母親が二着の服を出してきた。どこのお姫様やねんというようなレースたっぷりのひらひらドレス。もう一枚は、着物をアレンジした絢爛豪華なツーピース。いくら何でも時代遅れ過ぎると思いながら母親の気迫に負けて袖を通した。

「やっぱり朱里は、黒地が似合うわ。オレンジの花もよく映えてる。顔も服に負けていないし、サイズもぴったり」