それから十日が過ぎて地元が同じ岩瀬さんから恵の死が知らされた。あまり学校に顔を出さなかったため、恵が居なくなったことに気づいていない生徒も多い。

一人の人生が終わってしまったというのに、何事もなかったかのように平和な日常が目の前に広がっていることに物悲しさを感じた。

私と栄美華は放課後、ある場所に赴いた。

歩道橋の階段をゆっくりと、一段ずつ登っていく。歩道橋の真ん中に差し掛かった所で花を手向ける。太陽がちょうど沈んだばかりのブルーモーメントの中、点灯し始めるオレンジの光はとても美しく輝いていた。思い出したのは、光の授業で恵と栄美華と席を並べ、一番綺麗な瞬間だと教わったこと。今まさに目の前に広がる光景はとても美しく私の心は締め付けられた。

恵は誰も救うことのできない闇の中に落ちていった。ずっと独りで彷徨っていたに違いない。死の間際、このブルーモーメントの景色を見たのだろうか。

恵はこの歩道橋から身を投げた。帰路に着く車がスピードを上げている。即死だったそうだ。

「わたし、この子を産みたい！」　

恵は苦渋の決断の後、子どもを産むことを選んだ。

「結婚前に妊娠なんてはしたない！　あんたみたいな汚れた女をこの先誰ももらってくれないわ！　一人で育てられると思っているの？」

「家族の恥だ！　産むならこの家から出ていけ！」

それが両親からの言葉だった。恵の心は完全に砕けてしまい、肩から掛けていた鞄を床に叩きつけた。狂人となった恵は、叫びながらテーブルの上に飾られていた花瓶やソファに置いてあったクッションをすべて床に投げつけた。

「こんな家、こっちから捨ててやる！」

恵は言い終わると家を飛び出した。あまりにも叫び声や物音が聞こえるので近所の誰かが警察を呼んで騒ぎになり、それが岩瀬さんの耳にまで入った。

恵の両親は恵を一家の恥だとし、恵のために親戚を集めたくないという理由で葬式をあげなかった。義理の母親は娘が死んだというのに金銭目的で大輔を突き止め慰謝料を請求したという。

すべて岩瀬さんが私にこっそり教えてくれた。

恵との記憶の中に、義理の母親から「産まれなければよかったのに」と言われたことがあると聞いた。その言葉から古い自分の記憶が思い出される。

「なんで私のことなんて産んだの！」

「私はこんな家族に生まれてきたくなかった！」

「こっちは親を選べないんだよ！」

父に歯向かえない悔しさと怒りを母に吐き出していた頃のこと。思い出すときりがない。一体母はなにを思っていただろう。

今になって自分がしたことの残酷さを知る。母への申し訳なさで胸がいっぱいだ。そんな私を一度たりとも見捨てなかった誰よりも優しくて思いやりのある母。

皮肉なことに恵の一件で自分の母のありがたみに気づかされるなんて……。

以来、命の尊さというものを考えずにはいられなくなった。