【前回の記事を読む】「霊に取り憑かれるとはな」通ったはずのトンネルが何度も…
土曜午後ミストサウナから
銭湯はいい。春夏秋冬、朝昼晩、いつであっても「ふいー」という声とともに熱い湯に身を沈めるのは至福の瞬間である。日本に生まれてよかったと思う瞬間でもある。また色々な人たちを観察し、勝手にその人の人生にあれやこれや想像をめぐらすのもおもしろい。最近はスーパー銭湯なるものも多数できて、これはこれでまた違う風情があっていい。
よく行くスーパー銭湯には普通のサウナとミストサウナがある。大抵は普通のサウナと水風呂を行ったり来たりするのだが、その日はなぜかミストサウナに入って一人でぼやーんとしていた。
目が悪いもんだから、ぼやけている上にミストでぼやぼやの世界となる。ガラガラと入り口が開いて若い男が一人入ってきた。観察アプリが立ち上がり、瞬時にデータをはじき出す。
「中肉中背、色白。年齢二十代後半から三十代。独身。性格は控えめ。勤務態度はまじめ。人付き合いは悪くないが、誘われたら応じる程度。体育会系部活の経験はあっても高校まで。とことん打ち込んだわけではない。一人暮らし。現在は特にこれといった趣味はなく、休日に時々スーパー銭湯に行き、コンビニでつまみを買い、帰って缶ビールを飲むのが唯一の癒し、月曜日への活力」
もちろん何の根拠もない。全くの憶測である。
彼は視線をななめ前に落としたまま目の前を通過し、奥のほうへ入っていって湯気の中へ消えた。「えらい奥まであるんだな……」一瞬そう思ったが気にも留めず引き続きぼやーんとしていた。「さて、そろそろ出るか」と立ち上がり、いったいどこまで奥があるのだろうかと見に行くと、四歩ほどで安っぽいクリーム色の壁にぶつかり、そこで終わっていた。
壁には扉も何もなかった。
「ん?」
彼はいったいどこへ消えてしまったのだろう。土曜の午後のちょっとしたみすてりぃ。