一九七〇年 夏~秋
2 秘密基地の大貧民
「僕はなんちゃしとらんけん」
洋一が消え入りそうな声で言いました。
「ちゅうことにしといたるわだ」
岡田は洋一の肩を抱いて言います。
「トランプ持ってきたけん、大貧民しょうや。ええじゃろ」
岡田が粗末な紙のトランプを出しました。
六人は車座になり、教室で流行していたゲームをはじめました。岡田が不器用な手付きでカードを配ります。最初は交換なしで行われるため、平等な戦いでした。
ここで大富豪となったのは七條で、中川が富豪、平民に洋一、貧民が私、マユミは小貧民となり、岡田が大貧民に甘んじたのでした。
「すぐにのし上がっちゃるけん」
岡田が強いカードを惜(お)しそうに差し出します。七條は戸惑いながらそれを受け取りました。階級の高い者ほど下級層の者から搾取(さくしゅ)して、有利な勝負をできる仕組みです。
それでも戦略と運次第では革命を起こすことも可能なのでした。
ゲームはすぐに白熱しました。三度目には早くも洋一が大富豪になります。岡田はいい札を取られて、なかなか大貧民から這い上がれません。岡田に遠慮する七條と中川も下級層になり、その序列が固定してしまいました。
突然、洋一が脇腹を押さえて呻(うめ)きます。カードを配る岡田の肘が当たったようでした。
「やっとれんわだ」
万年大貧民の岡田がカードを投げだしました。
「なんじゃらおかしないか」
血走った眼で私たちを睨みつけます。
「おまいや。イカサマしょうるじゃろ」
「ワイもそうじゃと思うとった。さっきこいつの手付きがおかしかったもん」
中川がマユミを指差しました。私たち三人はこのゲームの達人でした。ルールを逸脱(いつだつ)することはありませんが、密かに手を結んで、お互いを浮揚させる術策(じゅつさく)に精通していました。
「おどれや、グルんなって騙(だま)しくさったな」
七條もいきり立ちます。
「ほんなことせえへんわよ。どこに証拠があるん」
昂然(こうぜん)とマユミは否定しました。
白いブラウスの脇に染みができています。動くと汗がにおいました。
「ほなサイバンしちゃる。おまいやほこい座れ」
三人は岡田の前へ正座させられました。学校ではクラスでの揉(も)め事(ごと)を、いつも多数決で処理していました。『ミンセイ』に縁(ゆかり)のある校長先生から、『ミンシュシュギ』を尊重するよう指導されていたからです。
それで決め事をするときの学級会は『サイバン』と呼ばれていました。
「正直に白状するんぞ。ほしたらムザイホウメンじゃ」
裁判官席の岡田が言います。
「悪いことはなんちゃしとれへんよ。なあ」
マユミは私を見ました。
「うん、しとれへんよ」
私はうわずった声で言いました。
「ほな、ユウザイと思う方は手を上げてください」
三対三となる所ですが、岡田が洋一の邪魔をします。
「三対二、キケン一でユウザイ」
そう言うが早いか、岡田は拳骨で洋一の顔面を殴りました。鼻血が飛び散り、洋一は悲鳴を上げます。
「やめて。しぇんしぇに言うじょ」マユミが割って入りました。
「のかんかい。ボケ」
七條がマユミを引き倒します。スカートがめくれてパンツが見えました。
「どずるこいやっちゃ。ワイはおまいみたいなんが、いっちゃん好かんのんじゃわ。馬鹿にしくさって」
岡田は無抵抗の洋一の頬を二度三度と張ります。洋一の口角から血がしぶきました。鼻血と相まって顔は血まみれになっています。
「やめて。やめたって」
マユミは身を挺(てい)して兄を庇(かば)おうとしました。
「ほな、おまいが身代わりになるか」
岡田がマユミを突き飛ばします。
「これ以上わがの兄やんをしばかれとうなかったら、ワイやの言うことをきけ。簡単なこっちゃ」
岡田は尻餅をついたマユミのスカートの中を見ています。
「なんならおまいもやっちゃろか」
矛先が私へ向き、七條に頭を小突(こづ)かれました。
「やめとけ。ほいつは関係ない」
岡田に制されると、中川が忌(い)ま忌(い)ましげに痰たんを吐き、それは私のズボンを汚しました。