第1章 現代社会の状況
第1節 基本的人権の喪失
現在の世界は市場経済が主流であり、これは常に個人の利益を優先させる資本主義の経済制度である。
だからこそ、各人の所得格差は拡大する一方で、貧困者が多くなり金がないため「生きていく自由」を失う者も少なくはないと考えられる。
そして、一般に努力すれば富が得られる(自己責任である)といわれているが、現実には努力すれば必ず富が得られるものではないのである。運が良くて贅沢に暮らせる者や、運があって普通に暮らしている者もいるけれど、運のない者はいくら働いても生活が苦しいし、運が悪くて生きていけない者もいる。
世界には最近約40億人以上(注1)の者が貧困に苦しんでおり、その中の約8億人が1日200円以下で暮らさざるを得ない超貧困者という現状である。もはや基本的人権は「絵に画いた餅」となりつつある。
日本では沖縄や四国・九州の一部に貧困率の高い県もあるが、先進国として豊かな時代もあったから、飢餓の恐ろしさに実感の湧かない人も多いようである。けれど、「世界の貧困」はコロナ不況も重なって今後一層厳しくなる(注2)と思われる。
第2節 激動する世界
2015年1月、パリ市内の週刊誌編集会議を狙った、テロによる銃撃戦や立て籠もり事件があり、多数の市民が殺りくされた。
ある学者は、若者が生きづらい社会そのものに「テロリズムのつけ入る余地があり」、彼らは扇動されるまま実行に及んでしまったのであろうと指摘する。この指摘が正しければ、事件は「生きていく自由」を失うことに反抗していた若者が、皮肉なことに「言論の自由」を失わせようとするテロリストの手先に使われたことになる。
実は、長引く中東での戦場で、多数の戦闘員が死傷してもイスラム国の戦力がなかなか衰えないのは、欧米の若者たちの一部がテロ組織の国へ流入しているからだという意見もあるとみられている。
極端な見方かもしれないが、「資本主義の社会では生きていけない」という絶望感(注3)が、この若者たちを過激派組織に扇動した事実も否定できないであろう。
さらに過激派組織イスラム国は、同年1月24日に湯川遥菜さんを、2月1日には後藤健二さんを殺し、同10日アメリカ人としては4人目のケーラ・ミュラーさんをも殺害した場面などの映像を公開放映した。このニュースは世界中に衝撃を与え、6月の主要7カ国首脳会議(G7サミット)では、「イスラム国を壊滅させる」との声明を発表。
しかし、その道筋もまだ見えないうちに、難民などに紛れ込んだテロリストたちが11月13日パリ中心部の劇場・飲食店や郊外の競技場等を同時に襲い、銃を乱射し爆発を起こして観客など128名を殺し約250名の負傷者を出したので、16日のG20首脳会議では「テロとの戦い」が全ての国にとって主要な優先課題であることを確認し、各国の連携と決意を表明したのである。
(注1)国際労働機関(ILO)は、コロナ流行の影響で2020年世界全体の労働時間が前年比8.8%減少したとの試算を発表。それは、週48時間勤務の常勤労働者に換算すると2億5400万人が職を失った計算となる。しかし、それぞれの国では状況が異なっており、飢える人々が一律にいるわけではない。
(注2)水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』集英社新書、2014、ジョセフ・E・スティグリッツ著『世界の99%を貧困にする経済』徳間書店、2012、西川潤著『データブック貧困』岩波ブックレット、2008参照
(注3)堤未果著『ルポ貧困大国アメリカ』岩波新書、2008『同書Ⅱ』岩波新書、2010、広瀬隆著『資本主義崩壊の首謀者たち』集英社新書、2009参照