【前回の記事を読む】あるものを見た瞬間に、これだと閃き…「デザイン決まった」
第四章
一か月ぶりの学校は、頭が派手になっている学生や、肌がこんがり焼けた学生などで溢れている。
私は本課題のスケジュールも、デザイナーズウィークとかぶらないよう、計画的に手帳に書き足した。本課題は[ダイニングチェア]だった。ダイニングチェアでは椅子単体というよりも、ダイニングルームごとコンセプトを作ってデザインし、椅子を一分の一で制作する。
私はこの課題が始まって思い浮かんだのは父だった。父は革製品が好きだ。鞄も靴も、上着だって革ジャンだった。アンティークなものを集めるのも好きなようでいつもネットで購入している印象がある。
教授には染色せずに白いハードメイプルと座面の張地に使う黒いレザーのコントラストが効くと言われたのだが、私はあえて茶色に染色した。初めからウォールナットの木材を使うことだってできるのだから、もったいないといえばそうなのかもしれない。指定されているのがハードメイプルで、本来なら木目が少なくその真っ白な特徴を活かしたまま造るのが鉄板だった。
しかしこれは父のための椅子。染色以外は考えられなかった。新木場の材木店「もくもく」という可愛らしいネーミングが特徴のお店に木材を買い付けに行き、同学年全員で染めてデザインしたお揃いの「つなぎ」に着替えて、工作センターで塵まみれになるほど木材を切ったり鑢をかけたりした。
デザイナーズウィークの制作では、特殊な機械を使用するため、完全予約制だ。スケジュール管理が必要となり、「ダイニングチェア」の制作も同時進行だったので休んでいる暇はなかった。
とても忙しかったが生活リズムは昼夜ひっくり返らず安定していたし、充実感が得られた。「これこそ理想の美大生だ」と気持ちが浮き立った。たまには共通授業で栄美華と顔を合わせていたので、たわいもない話で気分転換もできた。
ピアノの鍵盤の白い部分をハードメイプル、黒い部分をウォールナットの木材を使用して、一つずつパーツを電動糸鋸で切っていく。手を切ってしまわないよう全神経を指先に向けた。約三分の一を切り終わった後、重大なミスに気づいた。すべて一ミリずつ寸法が狂っている。すぐにやり直そうにも予約が必要なので電動糸鋸を使用できるのは明日以降となる。
ここまでの作業に一週間かかった。まだ一週間のズレなら取り戻せるので、もう一度スケジュールを組み直す。初めから何かあった時のためにと日程に余裕をもっていて良かった。
一か月半ほど制作に追われ、ひたすら学校と家の行き来を繰り返していた。
明治神宮外苑前の会場はジョンレノンの曲が流れていた。アマチュアからプロまで展示をしている会場でついに自分の作品が並ぶ。私は胸が高鳴り、作品が他人によってどう評価されるのか、どのような反応を得られるのか、その瞬間を見るのが待ちきれなかった。
テーマはどの大学も共通の[楽器]が与えられている。しかしそれぞれの解釈や表現方法で多種多様な作品が生まれていて、一つ一つの作品をじっくり見て回るのに一日では足りないだろう。
栄美華はLANケーブルをヒートガンで熱し、球体になるように固め、冷ました後、中に鈴を入れた。それをたくさん並べて、音は一つ一つ違った音色になるように工夫し、風鈴のように風に揺られて涼しげな音が出る作品だ。栄美華の人柄が作品を通して伝わる。優しく、そよ風のように心地よい、そんな作品に優しい気持ちになった。