【前回の記事を読む】悩み抜いた末…自閉症の息子を持つ私が考えた「子どもの幸せ」
K先生との出会い
デイケアに通っていても、研究材料とされるだけで何も変わりはしない。親に教育法のアドバイスは何もない。通っていても気持ちは沈むばかり。
心が読めない子どもを前にどうしたら良いか悩みましたが、悩んでいても時間が過ぎるばかり。周りからは、毎日のように親の責任を問い詰められ、一時、親子心中も脳裏をよぎりましたが、私が死ねば、私の両親は悲しんでくれるけれど、私が悩んでも長男の障がいが軽くなるわけではなく、時間の無駄! 悩む時間があったら、良いと思われることを実践したら良いのではないか、間違えていたら他の方法を考えれば良いと開き直りました。
そんな貪欲な気持ちを持っていると道は開けてきます。K先生との出会いです。
「自閉的傾向」という診断がついてはいたもの、言葉が出ないため、言葉の遅れは耳が聞こえないのではないか? と疑いを持たれ、一度、聾啞学校(現在の聴覚特別支援学校)に検査に行くよう周囲から勧められました。そこで聾啞学校に伺い、検査を受けるということで待ち続けていましたが、誰も来ません。1時間ほどしてやっと先生とお会いしましたが、すでに私達一団は、マジックミラーで1時間ほどずっと観察されていました。
そして、聴力検査をする事なく、K先生から自閉症の子どもの特徴が書かれた一冊の薄い本を渡され、「これを読んで下さい」。そして、先生は聾啞学校の生徒の親でもない私に、「悩みや相談ごとがあったら、いつでも電話して来なさい」と温かい言葉をかけて下さいました。
狐につままれたような気持ちで家に帰り、その本を読むと、息子と同じような症状が沢山書かれていました。やっと、「自閉的傾向」とはこのような子どもの事を言うのかという事がわかりました。K先生は、マジックミラーで観察して聴力の問題でない事を見抜いたのです。
K先生は、ご自身も聾啞(聴覚障害)のお子さんをお持ちでした。聾啞学校の先生をしていたので、生徒で「聾と自閉症」を合併している生徒さんを見たりしているご自身の豊富な体験から、必死の私を放っておけなかったのでしょう。
私はお言葉に甘え、藁にもすがる思いで、絶えず、電話で相談しました。先生は、私の気持ちをよく理解し、親身になって下さいました。子どもへの接し方、遊び方については、遠路はるばるわざわざ我が家まで訪れ、遊び方の手本を見せて指導して下さいました。