1947年岩手県花巻市郊外農村部で生まれ、中学時代までを過ごす。家の前は田んぼで夏はホタルが乱舞し、カエルの合唱を子守歌にして寝ていた。シュンラン、ショウジョバカマ、オキナグサなどの野草を目にし、フクロウ、ノウサギなどの野生動物もよく見かけた。両親は公務員で、自宅で食べるものはほとんど作っていた。
宮沢賢治の影響を受け、1965年岩手大学農学部入学、大学時代は岩手山、早池峰山、八幡平、姫神山によく登った。1969年同大学農芸化学科土壌学研究室を卒業、岩手県果樹試験場入所。
1970年日本コカ・コーラ株式会社を経て環境管理研究所で、環境全般に関わる仕事に携わる。
環境管理時代は、シンポジウムで「汚水の山林散布」を発表、「地下水の人工涵養」のレポート作成に携わったほか、自然農法の福岡正信氏の影響を受け、後年世田谷区の大平農場で消費者会員となり、ボランティアとしての活動へとつながる。
その後、日本食品分析センター勤務中に結婚し、主婦となる。主婦時代は学習教室で小中学生を25年教える傍ら、二十数年有機農業研究会の会員となり、有機農法、自然農法、薬膳、東洋医学、食と健康などについて学んだ。
宇宙のめぐりの中で生きている私たち人間のことを思うと、東洋医学や薬膳のことに特に関心を持つようになった。