婆須槃頭の顔が見る間に険しくなっていった。

「ではお聞きしましょう。あなたは今私の素性を、と言われたが、それが何に対して重要なことなのでしょうか。逆にお尋ねいたしましょう。ここにおられる河村凛風さんの経歴、芸歴に対してあなたはどれくらい御存じなのでしょうか。

御存じだったらそのことと私のそれを比較することがどれほど無意味なことなのか。考えたことがありますか。どだい、一時的に好奇心を満足させるだけのことを、国民の探求心などと言いかえること自体が間違いです。どうでもいいことと大切なことを混同しないでいただきたい」

「どうでもいいことなんかじゃない。我々はあなたの日本人としての本当の姿を知りたいだけです。ここで国民全体に対してそれを明らかにするのが、そんなに嫌なのですか。だったら何故そうなさるのか理由をお聞きしましょう」

会場がざわめきだした。再び反論しようとした婆須槃頭を傍らの河村凛風が制した。

「面白いことになったものだ。君たち芸能記者の今の顔つきは餌を目の前にして目をぎらつかせている犬そのものだ。でも素直に餌をやって引っ込むような玉ではないことは百も承知だよ。今彼が言ったことは、今から四十年ほど前、片岡千恵蔵、市川右太衛門両御大が記者連中に言ったこととよく似ている。両御大はこう言われた。

『芸の中身で勝負するものが、素性がどうのこうのと言ってられるか』

いいかい、彼は映画の世界でものを言ってきた男だよ。一つの大きなイメージを作り上げ、また一つ大きな世界でものを言おうとしているんだ。だったらそのことを正直に祝福してやったらいいじゃないか。今日こそ奴の仮面を引っぱがしてやる、なんて、どういう権利を持った奴の言うことなんだよ、えー?

俺は映画界に入ってすでに五十年だが、芸名を河村正蔵といってた頃を知る奴も少なくなった。普段は呑み助で女に目がないエロ爺だがこと映画のことになると、誰に引けを取ることもないと自負している根っからの映画屋だ。その俺がこうして初顔の婆須槃頭と五分の勝負をしようとしてるんだ。その俺に免じてこれ以上彼をいじめるのはやめてくれよ。頼んだぜ」