彼女は現在、母と妹、弟と一緒に暮らしている。妹は年齢が近く、弟はだいぶ離れている。父は米国に単身赴任中だ。小さい頃の記憶としては、よくたたかれる、罰として家の外に遅くまで立たされる、ご飯を抜かれるということがあったようだが、叱られるときに母が激高すると壁際まで追い詰められて蹴られるなど、だいぶ激しい暴力もあったようだ。
小学生の頃の記憶らしい。ただ下の子が生まれてからひどくなったと言っているから、幼稚園時にはすでにそういう傾向はあったのではないだろうか。
彼女はこういった内容を、こちらを見ようともせずうつむき加減のまま、淡々とした口調で語った。時折こちらの顔色を窺うようにひょいと顔を上げて、こちらがうなずくと安心したようにうつむき加減に戻って語り続けた。
昔のことを話しているせいもあるだろうが、感情を交えずに、まるで先生か上司に報告するような調子で語るのである。人はそのようなとき、自分で気づいているかいないかは別にして、心の内に大きな感情を秘めているものだ。
初めは緊張もあったのだろうが、初めての人間に自分の身の上や生活の様子を話すことは難しい。ましてや虐待のような親の態度や自分のつらさをすらすら話すことは簡単なことではない。それでも2回、3回と面接が進むうちに、口調は次第に柔らかくなり、笑みを浮かべたり、少し苦笑交じりに自分の身の上に起きたことを話せるようになった。誰かに聞いてもらいたい、わかってもらいたいという希望が、この控えめな人の口を少しずつ滑らかにしていったのである。
「中学くらいから、親にたたかれることはなくなっていきました。その代わり、蹴られることは増えたかな。怒鳴られたり、しつこく叱られたりすることはよくありました。あと、妹や弟と差をつけられるというか……」
ここで初めて彼女は唇をぐっとかみしめて言葉を切った。彼女が初めて見せる感情の動きであった。
「たたかれなくなったのは、体が大きくなったからだと思います。自分より背が高い相手って、たたきにくくないですか? それにわたし、たたかれても怯まなくなったので、母の方の満足感がなくなっていったのだと思います。それで蹴るのが増えたんだけど。でも蹴られてもあまり痛がったり苦しんだりしないので、あまりやられなくなりました。わたし、痛みには強いんです」
最後の一言を聞いて、思わず涙がこぼれそうになった。
〈でも痛かったよね〉
彼女は答える代わりに、にっこりとした。目が離せなくなるような、優しくて儚い笑顔だった。