西方署に着くと、内村が社長の紘一に連れられて待っていた。やはり会社に警察から連絡があったらしい。警察から連絡があったとき、内村は事件のことを会社に報告せずに既に帰宅していた。それで、内村の自宅が西方市内であり、会社から近いこともあって社長の紘一が迎えに行って連れてきたのだった。

内村はよほどこっぴどく紘一に説教をされたらしく、ひどくうなだれていた。しかし時折、「自分が赤ん坊をどうこうしたわけでもないのに、なんで怒られなければならないんだ。まったくいい迷惑だ」とでも言いたげな不貞腐(ふてくさ)れた素振りも見せていた。

健一が、社長の紘一の方に駆け寄って、「お疲れ様です。ご心配をおかけしました」と言うと、紘一は、「何言ってるんだ。ビックリしたろ。大変だったな。こっちもビックリしたよ。この後ご苦労だが警察に協力してやってくれ。警察からは仕事をもらっていることもあるしな。それにしても内村には困ったもんだ。後輩を放っておいて帰ってきちまうなんて。どうしようもない奴だな」と言って内村をにらんだ。

ちなみに紘一の言う警察の仕事とは、西方警察署の五階建ての建物の地下に設置されている汚水槽(ビルピット)清掃のことだ。

東京都の「建築物における排水槽等の構造、維持管理等に関する指導要綱(ビルピット対策指導要綱)」によると、年三回の清掃が規定されており、ビルメンテナンスにとっては重要な仕事である。

この清掃を怠ると、悪臭の発生、衛生害虫の発生、排水管詰まり、排水ポンプの不良などの不具合が発生する。そのような大きなトラブル発生を防止する意味からも、定期的な清掃が必要になるのだ。この仕事もバキュームカーが必要になるので、健一が担当していた。また、それはビルピットの中に入っての作業になるので、健一の他にやりたがる者はいなかった。