「もう一つイメルダの自己中でわがまま振りを露呈した悪夢のような事件があったんだ。〈ビートルズ事件〉って言うんだけど、知っているかな」

「いえ、知りません」

正嗣はどんな事件なのか興味が湧いた。

「あれは一九六六年だったかなぁ、ビートルズが世界ツアーを行ったんですよ。東京にも行って日本武道館でコンサートやったのは知っていますよね」

「ええ、JALのハッピを着て飛行機のタラップを降りてくる場面のニュースを見た記憶があります」

「その日本公演の次の訪問国がフィリピンだったんですよ」

「へぇ、それは知りませんでした」

「ビートルズ一行がマニラに着いた翌日大観衆を集めコンサートは大成功を収めたんだけど、その後に予定されていたイメルダ主催の歓迎パーティーをすっぽかしてしまったんだ。

でも事の真相はビートルズがすっぽかしたんじゃなく、パーティー欠席の連絡が伝わらなかったらしい。ビートルズのマネージャーは丁重に断ったそうだけど、現地プロモーターはそれをイメルダに伝えられなかったんだ。

その翌日の新聞は大々的に『ビートルズは大統領夫人を侮辱した』と書き立て、テレビではイメルダが『裏切られた!』と叫ぶ光景が映された。そんなことがあったから、たちまちビートルズはフィリピン人の総スカンを食らっちゃった。

出国の際空港では数百人もの激怒した市民が押しかけ、メンバー四人に罵声を浴びせかけもみくちゃにするなど散々な目に合わせたんだ。警察も警備は放棄しちゃうし、空港側も一切の特別待遇を止めたので、一行は一般の乗客に交じって出国手続きをさせられた。

這々の体で飛行機に乗り込んだものの、今度は離陸許可が下りなかったんだ。マネージャーたちは一旦乗り込んだ飛行機から降ろされ、マニラ公演の収益金の全てを渡すようにと要求されたらしい。マネージャー側はその要求をしぶしぶ呑んだんで離陸許可が出たと言われているんだ」

「その事件の頃は、まだマルコス大統領やイメルダ夫人の人気が高かったんですね」

「マルコスが大統領になった翌年ですからね。確かに国民に支持されていた頃の話なんだけど、その頃からマスコミを使って人を操るのがうまかったんだよね、今考えると」

「イメルダ夫人は自分を中心に世界が回っているって思っているんでしょうね」