妻に見合う男になるために
姿見に映る男は断食中の行者で恋の燃えさしに暖まる優男ではない。室町淳がこんなみすぼらしい男に恋するはずがない。僕への憐れみ、いや、老いた親の嘆きを無下にすることができなかっただけだ。
そうだとしても、そうに違いないが、大好きなすぐ上の姉が来ると言うのを、いつまでも甘ったれていたら義兄さんに愛想尽かされる、そろそろ気力を出さなくちゃ、三日我慢できなかったら来てもらう、と断った。生きていれば逢えることもあるんだ。歳はしょうがないけれどもうちょっとましな風体でいたい。
Le vent se lève! Il faut tenter de vivre! 風吹き起こる! 生きねばならぬ! 静かな還俗だ。
朝、空気が暖まるころ、家の周りの林を一周、空気が冷めないうちに反対周りで一周。淳を思いながら。それを一週間やった。それから朝は二周に。
そんな具合で二、三日遅れの疲労の様子も見ながら少しずつ遠出して、自由学園の農場まで行くようになった。自転車にしてもっと遠く行こうと考えた。農場を一周するだけでも汗をかいた。
雨の日は腹筋と腕立て伏せ。古典的だ。喘鳴は全くなくなった。筋トレ、順調だ。
○○クラブかと父が訊く。いや。僕はブートキャンプ向きじゃないから。
あの人を寄越してくれた礼だ。ルヴァンスレヴ、イルフォータンテドゥヴィーヴル。
自転車を買った。雪が来る前に帰ろうと思う。父は声が詰まりそうになって母に代わった。
「草ちゃん、元気な声だわ。帰るんですって! あなたの家はここよ!」
泣き笑いの母さん。涙脆くなってしまって。
「僕、自転車を再発見した。多摩川の土手がいい。帰るよ。ここを片付けたら」
イージーゴーイングをやってきて、またイージーゴーイングに戻る。僕には考えつかないのだ、己に鞭打って何者かになる生き様が。