二匹目は松根油工場へ
晴雄が川に潜って格闘して獲った二匹目のはんざきは七十センチもある大物で、予科練生が作業をしている松根油工場へ持って行った。
彼らは喜んで、釜の上に載せて焼き、一口ずつ分け合ってうまそうに食べながら、歌い出した。
♪若い血潮の予科練の
七つボタンは桜に錨
今日も飛ぶ飛ぶ霞が浦にゃ
でかい希望と雲がわく♫
彼らが歌い終わると、次は君たちの番だよと言った。
晴雄は歌は苦手のようで、Mに歌えと顎で命じた。
Mは学校で習った唱歌では雰囲気が壊れると思い、母の背中で幼い頃に覚えさせられた歌を思い出して一人大声をあげて、
♪僕は軍人大好きじゃ
今に大きくなったなら
勲章つけて剣さげて
お馬に乗ってハイドウドウ♬
と歌うと受けて一同が拍手喝采で喜んでくれた。
そして、予科練生の五人のなかでいちばん小柄な生徒が、さっと右腕を高くあげて張りのある声で歌い出した。
♪海ゆかば水漬く屍
山ゆかば草生す屍
大君の辺にこそ死なめ
かへりみはせじ♪
歌が終わると、褒美だと言って、松根のなかに入っていた芋虫を並べて焼いてくれた。
Mは苦い味がするのではと躊躇したが、口に入れて噛んでみると、甘い汁が出てきてうまかった。
腹が減ってもおやつの代用品がいくつもあって楽しい夏の日々だった。Mは饑餓地獄のような庄原の学童疎開から逃げ出してきて本当に良かったと思った。
はんざき(山椒魚)の祟りは怖い
ところがある日、Mは夢中で川遊びをしていて川底に捨てられていた一升瓶の欠片を左の足の裏で踏んづけてしまった。
晴雄が助け起こして血のしたたるMの左足から瓶の欠片を引き抜いてMをおんぶして家にたどり着いた。
晴雄は野良仕事を手伝って足腰を鍛えているので、瘦せて軽いMを助けられたのだ。
家に帰り着くと、晴雄は古いレッテルの剝げた赤チンを取り出してきてMの左足の傷口にたっぷりと流し込み父親の越中褌を裂いて包帯代わりに巻いてくれた。
Mは痛みに耐えながら、はんざきの祟りだと思った。生け捕りにして焼いて食べたので罰が当たったのかもしれない。