「ハービク所長、あなたはこう望みたいはずではなかろうか、このインドの行く末を。時期が来れば世界はインドにひれ伏すはずだと。私はあなたに謹んで申し上げる。『ミリンダ王の問い』を思い起こされよ。
私はミリンダ王も聖者ナーガセーナもこの目で身近に見てきた。嘘ではない。その時、ナーガセーナ聖者はミリンダ王の問いに何と答えられたか。それはギリシャ思考に対するインド思考の反論といってよい。
インド=ヨーロッパ語族とかいう共通項でもって、アーリア人とかいう共通の祖先をもつ人種として、インド人にヨーロッパ世界は一種畏敬の念で接してきた。
そのいき着く先は何だったか。ユダヤへの圧迫と迫害に他ならなかった。その癖して、インド人の流れを組むロマ(ジプシー)への迫害と、英国のインド植民地支配は正当化され、英国はドイツ第三帝国の迫害を受けたヨーロッパユダヤの救済者として称賛されるまでになった。
ここにおられるハマーシュタイン氏は迫害を避けてのヨーロッパからの脱出組だ。今や、ハリウッドで知らぬものはない傑物となられた。
私は、今この映画における一神教徒の歯がみを快く感じている。なんとなれば、いずれ一神教は論破されその存在を失うであろうから。ハービク所長、もう少しの辛抱だ。あなたはいつしか日本との橋渡しを担うことになろう」
婆須槃頭は授記を授ける高僧のように言葉を結んだ。いや、その姿は仏教の守護神のごとくであった。そして彼はハマーシュタインに踵をめぐらした。
「ヨーロッパユダヤの流れをくむ、映画プロデュースのカリスマ、ハマーシュタイン氏。あなたは先ほどとても危険なことを言われた。一神教の横暴が今日の世界の窮状を生み出していると、それを正すのは多神教以外にないと。
残念ながら肝心なところであなたは勘違いをなさっておられる。一神教を人類に押し付けたのは何者なのか。そこを突き止めなければこの問題の解決はない」
婆須槃頭は一息を置いた。改めて、ハマーシュタインを見つめなおした。
「あなたに私が言った、宇宙開闢の歌を覚えておいでか」
そこで笹野の緊張は途切れた。
「これ以後の説明記録は無理だ……」
笹野は思った。そう、それ以後の情景を笹野は記録していない。
そして、宇宙開闢の歌は次章で明らかになる。笹野たちは日本へと戻った。
かの地、日本での顛末を笹野に語ってもらおう。